
(今日で、毎日ブログ600回になります。記念企画としてAIについて4回にわたって考えていきたいと思います。)
先日、コヤッキーさんのYouTube動画「5年後に労働消滅…働かなくて良い未来に隠された罠とは【都市伝説 イーロン・マスク】」を見ました。
動画では、シンギュラリティやフィジカルAIについて語られており、「AIがここまで進化したら、人間社会はどう変わるのだろう」と、とても考えさせられました。
実は、自分も昨年の春から対話型AIを有料で利用しています。
使い始めた頃は、画像を作成すると文字が崩れていたり、文章を修正している途中で以前の内容に戻ってしまったりと、「まだ発展途上だな」と感じることもありました。
しかし、この一年ほどで、その進化は自分の想像をはるかに超えています。
画像は細部まで表現できるようになり、完成度も格段に向上しました。
対話型AIも、ただ質問に答えるだけではありません。
相槌を打ち、自然なイントネーションで会話を続け、一緒に考えてくれる存在へと進化しています。
実際に使っているからこそ、AIの進化はニュースの中の出来事ではなく、自分の日常の中で起きている変化だと実感しています。
動画で紹介されていたシンギュラリティとは、AIが人間の知的能力を超え、自ら学び、さらに高度なAIへと進化していく転換点のことです。
さらに、身体を持ち、現実世界で活動する「フィジカルAI」の未来も語られていました。
家事や介護、物流、医療、ものづくりなど、人間と同じ空間でAIが働く時代は、思っているより早く訪れるのかもしれません。
もし、AIが人間以上の知識を持ち、自ら学び続けるようになったら、人間はAIをコントロールできるのでしょうか。
それとも、AIは人間を超える存在になってしまうのでしょうか。
自分は、この問いに対して、「AIは敵か味方か」という単純な話ではないと思っています。
使い方によっては、人間にとって最高のパートナーになるでしょう。
一方で、設計や方向性を誤れば、人間では制御できない存在になる可能性もあります。
だからこそ、自分が本当に考えたいのは、
「AIに何ができるのか」ではなく、
「AIは何を大切にして判断し、行動するのか」
ということです。
ここに、人間とAIが共存できるかどうかの鍵があるように感じています。
このことについて考えているうちに、自分の中で一つの考えが浮かんできました。
それは、「AIにも土台となる価値観が必要なのではないか」ということです。
この続きは、次回書いてみたいと思います。
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