425.餅まきと、現代の感覚とのズレ(上棟という神事の中で分けられていたもの)

先日、カズレーサーさんが

餅まきについて語っているのを耳にしました。

それをきっかけに、

ふと昔の記憶がよみがえってきました。

昭和のころ、

家の棟上げの際には、餅まきが行われていました。

棟木が無事に上がり、

建物の最上部が組み上がったあと。

工事当日の夕方、

上棟式という神事の最後に行われるのが、餅まきでした。

屋根の上や二階の足場など、

建物の高い位置から、

施主や職人が餅やお菓子をまく。

それは、

工事の安全への感謝であり、

ここまで無事に進んだことへの祈りであり、

地域の人たちへ福を分ける行為だったのだと思います。

現代の感覚では、どう見えるのか

今の感覚でこの光景を見ると、

どこか落ち着かない印象を受ける人もいるかもしれません。

衛生への意識や、防犯、近隣への配慮。

そうした前提が変わったことで、

餅まきは現代の感覚とは噛み合わなくなってきた。

そう感じるのも、自然なことだと思います。

最近では、

形式を簡略化したり、

別の形で感謝を伝えたりする家も増えました。

それは、

意味が失われたというより、

表現の仕方が変わったということなのかもしれません。

上棟のあと、心に残った言葉

餅まきが終わったあと、

地元の神主さんが、家を建てることの意味を話してくださいました。

家を建てるというのは、

一代で必ずできるものではないこと。

人生の中で、それほど大きな事業を決断できる機会は、

そう多くはないこと。

だからこそ、

父はすごい決断をしたのだと。

その日は、

当時としては珍しいほどの、

最大級の寒波が来ていました。

凍えるような寒さの中で、

自分は家族に、

「これは一生忘れないと思う」

そんなふうに話していたのを覚えています。

中学生だった自分にも、

その言葉と、その場の空気の重みだけは、

はっきりと伝わってきました。

そして実際、

今もこうして、忘れていません。

子どものころ、感じていた違和感

実は、

子どものころの自分は、

餅まきが少し苦手でした。

取り合う空気が、

あまり得意ではなかったからです。

神事の一環として行われているはずなのに、

人の欲が前に出てくる瞬間がある。

そのことに、

子どもなりの違和感を覚えていました。

欲が見えることも、行事の一部だったのかもしれない

今になって思うのは、

その違和感も含めて、

餅まきだったのではないか、ということです。

人は欲を持つ存在である。

それを否定するのではなく、

場に出して、分け合う。

上棟という神聖な区切りの中で、

人の現実も含めて開いていく。

餅まきは、

そんな行事だったのかもしれません。

幸せは、溜め込むものではなく、

分けることで巡るもの。

上棟の餅まきと、

あの寒さの中で聞いた言葉は、

今も自分の中に、静かに残っています。

この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・

今日も佳き日に

コーチミツル

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