最近、自分はジャズをよく聴いています。
ジャズのライブでは、
ソロが終わればすぐに拍手が起き、
指笛が鳴ったり、声がかかったりすることもある。
その「今この瞬間に、今、返す」感じが好きで、
正直に言えば、吹奏楽を自分がやっていたにもかかわらず
紳士淑女の、少し堅苦しい音楽
というイメージを持っていました。
演奏中は静かに聴く。
曲が終わるまで拍手はしない。
指揮者が終わったしぐさをするまで、何もしない。
それは、音楽すべてを大切にする
とても美しい考え方に違いはありません。
ただ、最近の自分には、
少し合っていないとも・・・感じていました。
だから、
「もう聴くことはないだろうな」
そんなふうに思っていたのも、正直なところです。
そんな吹奏楽の演奏会へ行く理由
今回、演奏会に足を運ぶことになったのは、
小学校からの幼馴染が関係していました。
彼は長年、
Osaka Shion Wind Orchestra※ のホルン奏者として活躍し、
今年の3月をもって、めでたく退団する
という話を聞いたのです。 ※https://shion.jp/
それをきっかけに、
中学のブラスバンド時代の部長が声をかけ、
当時の仲間5人で
「一緒に聴きに行こう」
という流れになりました。
演奏会は、
2025年1月31日
Osaka Shion Wind Orchestra 第164回定期演奏会。
久しぶりに集まる顔ぶれ。
それだけでも、少し特別な一日でした。
事前に調べたプログラムと、ひそかな期待
事前に、演目も調べました。
今回のプログラムは、以下のとおりです。
- フライング・ジュエルズ(J. M. デイヴィッド)
- ディシデュアス(V. ワロン)
- フラタニティ(T. ドゥルルイエル)
- オーロラの目覚め(J. マッキー)
- 交響曲 第2番(L. S. アラルコン)
現代吹奏楽を中心とした構成で、
冒頭のフライング・ジュエルズに、ホルンの壮大なソロが印象的な曲がありました。
「もしかしたら、あの曲、吹くかもな」
会場へ向かう途中、
一緒に行った友人とそんな話をしていました。
CDで聴いていた音とは、まったく違った
会場で演奏が始まって、
すぐに分かりました。
これは、
CDで聴いてきた吹奏楽とは
まったく別物だということを。
臨場感。
迫力。
繊細さ。
どれか一つではなく、
すべてが同時に押し寄せてくる。
音が前から飛んでくるのではなく、
空間ごと揺らしてくる感覚。
「吹奏楽って、こんな音だったのか」
その時点で、
自分の中にあったイメージは、
ほとんど崩れていました。
ホルンの一音に、積み重ねられた時間を聴いた
そして、その瞬間が来ました。
ホルンのソロ。
本当に、
友人が吹いていました。
一音が出た瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられました。
あとで本人は、
「気負った」と言っていましたが、
でも、聴いていた自分には、
そうは聴こえませんでした。
小学校のころからずっと聴いてきた音。
中学のブラスバンド時代。
そして、その後の長い年月。
磨かれ、
積み重ねられ、
熟成された時間。
それらすべてが、
一つの音になって、
まっすぐに届いてきた。
気づいたら、
涙が溢れていました。
音に身体が反応するという体験
身体も震えていました。
あとで隣の友人に、
「吠えてたね」
と言われました(笑)。
声を出すつもりはなかったのですが、
身体の奥が、
勝手に反応していたのだと思います。
ジャズも、吹奏楽も
勿論ジャズも好きです。
即興も、掛け合いも、
その場で生まれる熱も、たまらない。
でも、
積み重ねられた時間が、
一音に凝縮されて放たれる瞬間。
それもまた、
間違いなく音楽なんだと、
身体で思い出しました。
同じ空間を共有した記憶として
もし、この演奏会のCDが今後発売されることがあれば、
ぜひ購入したいと思っています。
ただ「同じ音」を聴きたいのではなく、
同じ空間を共有した記憶を、もう一度たどりたい
そんな感覚です。
あの日、
同じホールで、
同じ空気の震えを感じた者として。
音楽は、
記録として残るだけでなく、
記憶として、身体に残るものなのだと感じました。
音楽って、
やっぱりすごいですね。
ジャンルでも、
ルールでも、
イメージでもなく。
人の時間が、音になる。
その瞬間に立ち会えたことが、
ただ、ありがたかった一日でした。
この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
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