仕事柄、外で人をお迎えするとき、
どんなに寒くても、自分はコートを着ません。
お客さまを気遣いながらスーツのまま、できるだけ自然に、涼しげに振る舞います。
寒くないわけではありません。
正直に言えば、寒いです。
けれど、不思議なことに
「寒い」と意識すればするほど寒さは増し、
何も考えず、いつも通りにしていると、
幾分か寒さを感じなくなる瞬間があります。

尊敬する方の「態度」
こうした振る舞いの背景には、
自分が尊敬している方の存在があります。
その方は、
- 姿勢
- 立ち居振る舞い
- 説明の仕方
- 言葉の選び方
- 相手への向き合い方
そうした細かな点について、
丁寧に、時に厳しく、注意をしてくださいました。
当時は厳しさを感じながらも、
同時に
「この人は、かっこいい」
と強く感じていたことを覚えています。
寒い日も、雨の日も、
風が強くても、雪の日でも、
その方は、環境に態度を委ねませんでした。
「やせ我慢」は本当に悪いことなのか
「やせ我慢」という言葉には、
無理をしている、
自分を偽っている、
そんな印象があります。
けれど、日本の思想をたどると、
やせ我慢は単なる虚勢ではありません。
新渡戸稲造は『武士道』の中で、
武士の徳として
克己・忍耐・礼節・威厳(Dignity)
を挙げています。
ここで重要なのは、
「感じないこと」ではなく、
感じても表に出さない態度です。
苦しみや恐怖を感じないことが徳なのではない。
それをどう扱うかが人格である。
(新渡戸稲造『武士道』趣旨要約)
「武士は食わねど高楊枝」の本当の意味
「武士は食わねど高楊枝」という言葉も、
よく誤解されます。
これは
「無理をしてでも虚勢を張れ」
という教えではありません。
本来は、
- 欠乏しても
- 状況が厳しくても
- 品位を落とさない
という在り方の選択を示しています。
寒さに負けないことではなく、
寒さに振り回されないこと。
その姿勢に、
人は自然と美しさを感じるのかもしれません。
江戸の美意識──「粋」「涼」
江戸文化には
「粋(いき)」
「いなせ」
という美意識があります。
それは、
- 暑さ寒さに過剰に反応しない
- さりげなく、控えめ
- 感情を前面に出さない
という態度の美しさです。
寒いのに寒そうにしない。
それを
「涼(すず)」
と表現してきました。
「涼しげ」という言葉は、
実は日本の美学に根ざした、
とても的確な表現です。
ストア哲学(西洋)との共通点
この考え方は、
西洋哲学のストア派とも深く共鳴しています。
ストア派哲学者エピクテトスは、
次のように述べています。
私たちを悩ませるのは、
物事そのものではなく、
それについての判断である。
(エピクテトス『人生談義』)
ストア派の基本思想は明確です。
- 外的環境(寒さ・天候・他人の行動)はコントロールできない
- 自分の態度・判断・反応はコントロールできる
寒さは避けられなくても、
それにどう向き合うかは選べる。
マルクス・アウレリウスの『自省録』にも、
同様の思想が繰り返し登場します。
外界ではなく、
自分の心を整えることに力を注げ。
日本の武士道と、
西洋のストア哲学。
文化は違えど、
「環境よりも在り方を選ぶ」
という点で、驚くほど共通しています。
寒さよりも、先に決めているもの
寒いからコートを着る。
それは自然な選択です。
けれど、
「今日はこの役割を担っている」
「この場では、こう在りたい」
そう先に決めていると、
寒さの感じ方そのものが変わることがあります。
心理学ではこれを
認知再評価(Cognitive Reappraisal)
と呼びます。
出来事そのものではなく、
意味づけを変えることで、
感情や体感が変化する。
自分が感じているのは、
無理な我慢ではなく、
解釈を選んでいる感覚なのかもしれません。
寒さを感じない人が、強いのではなく、
寒さにどう在るかを選べる人が、
美しいのかもしれません。
あなたは、環境に態度を決められていますか?
それとも、自分の在り方を、先に決めていますか?
この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
やせ我慢 #在り方 #姿勢 #美意識 #武士道 #ストア哲学 #粋 #涼しさ #仕事の在り方 #説明する仕事 #態度は伝わる #コーチの視点 #自分の軸 #環境に振り回されない
参考文献・出典
- 新渡戸稲造『武士道』(岩波文庫 他)
- エピクテトス『人生談義(語録)』
- マルクス・アウレリウス『自省録』
- 江戸文化論(「粋」「いなせ」「涼」に関する文化史)
- Gross, J.J. (1998). The emerging field of emotion regulation(感情調整理論)