
今日のドラマ「ばけばけ」を見ていて、
とても印象に残る場面がありました。
吉沢亮さんが演じる
錦織友一という人物です。
ドラマの中で錦織は
ラフカディオ・ハーンの著書
『東の国から(Out of the East)』を開きます。
そしてそこに
自分の名前が書かれているのを見つけます。
その瞬間の表情が
とても心に残りました。
錦織友一のモデルが
西田千太郎であることは
よく知られている話です。
ただ自分には以前から
少し気になっていたことがありました。
それは
八重垣神社で
西田千太郎
という名前を見たことです。
そのとき
「ハーンの友人だった西田千太郎とは
どんな人物だったのだろう」
とふと思ったことがありました。
今日のドラマをきっかけに
改めて調べてみると、
ハーンの著書
『Out of the East(東の国から)』の冒頭には
確かに献辞がありました。
TO
NISHIDA SENTARO
日本語にすれば
「西田千太郎へ」
という意味になります。
とてもシンプルな一行です。
ドラマでは
TO NISHIKOHRI YUICHI
IN REMEMBRANCE OF IZUMO DAYS
という言葉が出てきました。
これは
「錦織友一へ
出雲で過ごした日々を偲んで」
という意味になります。
ドラマでは物語として
少し言葉を補っているのだと思います。
しかし実際の本では
ただ
TO NISHIDA SENTARO
とだけ書かれています。
この本が出版されたのは
1895年(明治28年)。
そして西田千太郎は
1897年(明治30年)、
結核のため34歳で亡くなっています。
つまりこの本は
亡くなる2年前に出版されています。
西田千太郎は
この本を手に取り、
自分の名前が書かれていることを
読んだのかもしれません。
今日のドラマの場面を見ながら、
そんな想像も浮かんできました。
西田千太郎は
結核という当時は不治の病とも言われた病に倒れていました。
ハーンもそのことを
知っていたはずです。
松江での生活は
決してハーン一人のものではありませんでした。
日本文化を理解するうえで
西田千太郎の存在は
とても大きかったと言われています。
もし西田がいなかったら、
ハーンが日本文化を深く理解し、
それを世界に伝えることは
もっと難しかったかもしれません。
松江での時間は
まさに二人三脚のような日々だったのではないでしょうか。
そんな友人が
不治の病に倒れている。
その状況の中で
ハーンは『東の国から』を書きました。
そしてその冒頭に置かれたのが
TO NISHIDA SENTARO
という、たった一行の言葉です。
多くの言葉を重ねるのではなく
とてもシンプルな言葉。
けれど
静かで力強い言葉のようにも感じます。
ハーンは日本について
こんな言葉を書いています。
The old Japanese life was full of poetry.
昔の日本の暮らしは
詩に満ちていた。
詩というのは
どこかにあるものではなく
それを感じる人の中にあるもの
なのかもしれません。
同じ景色を見ても
人によって感じ方は違います。
ハーンは
自分たちが見ていながら
気づいていない
日本の詩
を教えてくれているようにも思います。
今日のドラマをきっかけに
一行の言葉を調べてみると、
松江で出会った友人への
静かな思いが見えてきました。
もしかすると
その友情の中にもまた
松江の詩
があったのかもしれません。
この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
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