
自分の家には田んぼがあります。
中学生くらいまでは、親父の手伝いをするのが当たり前でした。
稲刈りを終えた後は、「はでぎ(稲を天日干しするための木製の棚)」を組み立て、稲束を運び、家族総出で掛けていきます。
今思えば、ごく当たり前の農家の風景です。
でも、当時の自分には少し違いました。
泥だらけになるのが恥ずかしかった
作業をすると、全身泥だらけになります。
だから同級生に見られるのが本当に恥ずかしくて、できるだけ会わないようにしていました。
それでも出会うことがあり、目を見た途端に気まずくなったことを今でも思い出します。
今なら胸を張って話せることですが、あの頃の自分には、それがとても嫌だったのです。
そんな気持ちを抱えながらも、家族みんなで田んぼの仕事をしていました。
あの日の大雨が教えてくれたこと
ある年のことです。
「これで終わった。」
そう安心した頃、大雨が降りました。
雨の重みで「はでぎ」が倒れ、掛けてあった稲束は田んぼに落ちてしまいました。
また最初からやり直しです。
正直、「嫌だな」と思いました。
でも、この大変さは自分も知っています。
父と母だけでやらせるわけにはいきませんでした。
姉と二人で、
「天気が回復したら、一緒にやろう。」
そう声を掛けました。
作業は想像以上に大変でしたが、家族みんなで「はでぎ」を組み直し、すべての稲束を掛け終えたときのことは、今でも忘れられません。
両親が本当にうれしそうな顔をしていました。
そして、自分たちにも、大きな達成感がありました。
時代は少しずつ変わっていった
その後も、ゴールデンウィークになると耕運機で田んぼを耕すのが恒例になっていました。
ところが父が脳梗塞を患い、自分も仕事で遠方勤務となり、町内の方に田んぼをお願いすることになりました。
あれから長い年月が流れました。
最近では、その方も高齢になられ、無理のできない年齢です。
だからこそ最近、こんなことを考えるようになりました。
その瞬間しか受け継げないものがある
「田んぼをもう一度自分が続けるか。」
もちろん、それも一つの選択です。
でも、自分が本当に受け継ぎたいものは、田んぼそのものではないのかもしれません。
長年積み重ねてきた経験。
土を見る目。
天気を読む感覚。
自然と向き合う姿勢。
そして、黙々と働く背中。
田んぼを作れば、それらを教えてもらえる時間があります。
その時間は、お金では買えません。
親から学べる時間には限りがある
親が元気でいてくれることを、つい当たり前だと思ってしまいます。
でも、その時間には限りがあります。
「いつか一緒にやろう。」
そう思っているうちに、その”いつか”は来なくなることもあります。
今、まさにそのような状況にあります。
田んぼを続けるかどうかは、まだ決めていません。
ただ、親父から学ぶ時間は、今はもうありません。
だからこそ、来年は田んぼの管理をお願いしている方と一緒に田んぼに入り、もう一度、親父の背中を思い出しながら教えてもらおうと思っています。
もしかすると田んぼは、お米を育てる場所ではなく、人を育てる場所だったのかもしれません。
この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
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