
先日、おばちゃんから「さまつ」というキノコをもらいました。
そのまま帰られそうになった時、ふと思いました。
「おふくろだったら、どうするかな」
そう考えると、何かお土産を持って帰ってもらおうと思いました。
そういえば、お客さんが来た時のもてなしでも、
「おふくろだったら、どうするだろう」
と考えることがあります。
おふくろは、もうこの世にはいません。
それでも、自分が何かを判断する時、その中には今もおふくろがいるのかもしれません。
「あの人だったら」と考える
私たちは何かに迷った時、
「あの人だったら、どうするだろう」
と考えることがあります。
親だったら。
恩師だったら。
師匠だったら。
尊敬している人だったら。
その人が目の前にいなくても、その人の言葉や振る舞い、考え方が自分の中に残っていて、判断する時の手がかりになっています。
考えてみると、不思議なものです。
人は亡くなっても、その人から受け取ったものは、誰かの中で生き続けているのかもしれません。
以前、「家の知恵を残すAI」について書きました
以前、こんなブログを書きました。
551. 家の情報を守り、家の知恵を残す家庭内AI
https://coach-mitsuru.com/archives/5942
そこでは、自分の親父が持っていた農業の知恵を、自分が十分に受け継ぐことができなかったことを書きました。
どの時期に何を植えるのか。
天気をどう見るのか。
土をどう見るのか。
なぜ今日は水をやらないのか。
なぜこの枝を切るのか。
こうしたものは、マニュアルだけではなかなか残りません。
長年の経験や感覚、その時々の判断の中にあるからです。
以前の記事では、そうした知恵をAIが日々記録し、将来ロボットが実際の作業に活かすことができるかもしれない、と書きました。
農業だけでなく、職人の技術や家庭の知恵も残せるかもしれない。
そんなことを考えていました。
今度は「人そのもの」を残す時代になるのかもしれない
最近、さらにその先を考えるようになりました。
もしAIが、その人の知識や技術だけではなく、
声。
話し方。
考え方。
大切にしていること。
判断の仕方。
人との接し方。
そんなものまで学ぶようになったら、どうなるのでしょう。
自分の場合、ブログを毎日のように書いています。
音声も100本以上残っています。
AIとも日々、自分が何を考えているのか、なぜそう考えるのかをかなり話しています。
Well-Being Spiralについても、自分が何を大切にしているのかを少しずつ言葉にしています。
考えてみると、自分は日々の活動を通して、知らないうちに未来のAIが自分を理解するための材料を残しているようにも思えてきました。
ちょっと怖い気もします。
AIは「あの人だったら」を外に出すものなのかもしれない
今回、
「おふくろだったら、どうするかな」
と考えたことから、ふと思いました。
人間はすでに、自分の中に誰かを残しています。
おふくろの行動を思い出し、
「こういう時なら、きっとこうするだろう」
と考える。
AIも、もしかするとそれに近いことをするのかもしれません。
その人が残した文章、音声、映像、日々の判断をもとに、
「この人だったら、こう考える可能性が高い」
という答えを出す。
もちろん、それは本人そのものではありません。
意識がAIに移るわけでもありません。
それでも、将来、
「おじいちゃんだったら、どう考えるかな」
と子や孫が尋ねた時に、
自分が残した言葉や声、考え方をもとに、AIが答えることはできるようになるかもしれません。
声だけでなく、行動まで
さらにヒューマノイドAIが進めば、話すだけではなく、行動まで引き継ぐようになるかもしれません。
農作業なら、
どう鍬を持つのか。
どのくらい力を入れるのか。
土の状態をどう見るのか。
植物を見て、今日は何をするのか。
そうしたことを人が実際にやっている姿から学び、同じように動く。
そんな時代も来るかもしれません。
そして仕事でも、
文章を作る。
相談に答える。
情報を整理する。
人とやり取りする。
そうしたことをAIに任せ、人間は方向を決めたり、判断したり、本当にやりたいことに時間を使う。
「AIに仕事を奪われる」というより、
「AIにお願いして、人間は管理する」
そんな働き方になる可能性もありそうです。
技術の継承から、生き方の継承へ
以前のブログでは、技術や知恵を残すことを考えていました。
でも今回思ったのは、その先にあるのは、
生き方そのものの継承
なのかもしれない、ということです。
どう働くか。
どう人と接するか。
何を大切にするか。
困った時に、何を基準に考えるか。
それは、技術以上にその人らしさが表れるところです。
そして今でも、自分はすでにおふくろからそれを受け継いでいます。
お客さんが来た時に、
「おふくろだったらどうするかな」
と考える。
その時、おふくろは自分の中で少しだけ生きています。
AIがすごいのは、それを新しく作ることではなく、
もともと人と人との間で起きていた「継承」を、見える形にしていくことなのかもしれません。
自分がこの世からいなくなったあと、
子や孫が、自分の言葉や声に触れる。
そして、
「じいちゃんだったら、どう考えるかな」
と尋ねる。
その時、自分が残してきたものが、何かのヒントになれば。
そう考えると、毎日書いているこのブログも、音声も、日々の活動も、
ただの記録ではなく、
未来の誰かに渡すものになっていくのかもしれません。
少し怖くて、
でも、少し楽しみな未来です。
この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
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