自分は、ほぼ(笑)毎朝毎晩、仏壇に手を合わせています。
朝は、水と煎茶を供えて、
「今日もよろしくお願いします。」
と挨拶をします。
夕方は、
「今日もありがとうございました。」
と、一日を無事に過ごせたことへの感謝を伝えます。
もちろん、ときにはお願いごとをすることもありますが・・・(笑)。
最後に、みんなに手を振る
仏壇の上には、おじいちゃんの浪之助(なみのすけ)さんから、おばあちゃん、そして父と母の遺影が掛けてあります。
位牌に手を合わせたあと、最後にその遺影を見上げてみんなに手を振る。
これが、いつの間にか自分の日課になっています。
そして、そのときに以前から不思議に思っていることがあります。
最初に遺影をパッと見たときと、手を合わせて、最後に手を振るとき。
なぜか、顔の表情が違って見えるのです。
あれ? 笑っている?
遺影の写真そのものは、もちろん変わりません。
父も母も、遺影は満面の笑顔という写真ではありません。
ところが、手を合わせて、最後に手を振るころになると、なんとなく笑っているように見えるのです。
しかも、たまにではありません。
ほぼ毎回(笑)。
「今日も元気でな」
「今日もよかったね」
そんなふうに返事をしてくれているようにも見えます。
そこで、ちょっと調べてみました。
顔は「写真」だけを見ているわけではないらしい
調べてみると、人は顔の表情を、目や口の形だけから読み取っているわけではないようです。
その人について持っている記憶や感情、周囲の状況などによって、曖昧な表情の受け取り方が変わることが研究されています。
また、大切な人の顔を見るときには、単に「顔」として認識するだけではなく、その人との記憶や感情も一緒に呼び起こされます。
だとすると、
遺影の父や母が変わったのではなく、自分の中に残っている父や母の笑顔が、写真に重なって見えているのかもしれません。
そう考えると、それはそれで温かい気持ちになります。
いつか、満面の笑みに
脳や記憶の働きで、そう見えているのかもしれません。
それとも、本当に笑ってくれているのか。(ちょっとオカルトみたい(笑))
そこは、どちらでもいいような気がします。
ただ、ひとつ思うことがあります。
これから先、自分が何かに挑戦したり、誰かの役に立ったり、自分らしく生きていく中で、
「おっ、なかなかやるじゃないか」
と、父や母、おじいちゃんやおばあちゃんに褒めてもらえるようなことができたらいいな、と。
そして、いつか遺影を見上げたとき、
「あれ? 今日は満面の笑みだな」
そんなふうに見える日が来たら、ちょっとうれしい。
その日のためにも、もう少し、いろいろやってみようと思います。
さて、どんなことをしたら、みんな笑ってくれるでしょうか(笑)。

この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
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