532.「心配するということ(それは信頼の反対なのか)」

「あなたを心配しているから、こうした方が良いよ。」

そう言われることがあります。

確かに、相手を気にかけること自体は、とても大切なことだと思います。

自分もこれまで、

  • 大丈夫だろうか
  • 無理していないだろうか
  • 失敗しないだろうか
  • 傷つかないだろうか

そんなふうに、人のことを心配してきました。

でも最近、ふと考えることがあります。

“心配する”ということは、
相手を本当に信じている状態なのだろうか、と。

危機管理としての「心配」

もちろん、心配そのものが悪いわけではありません。

災害への備えや、健康管理、子どもの安全確認。

こうした「備える力」は、人生においてとても重要です。

危険を予測し、準備をする。

これは、生きていく上で必要な知恵でもあります。

実際、自分も仕事や地域活動の中で、

「最悪を想定しておく」

という感覚は大切にしてきました。

だから、“心配しない方がいい”と言いたいわけではありません。

でも、人への“過度な心配”はどうだろう

ただ、人に対する心配が強くなりすぎる時。

そこには、無意識に、

「この人はまだ無理かもしれない」

という前提が入っていることがあるように感じるのです。

これはコーチングを学ぶ中でも、強く感じました。

相手の可能性を信じているつもりでも、

  • 先回りしてしまう
  • 答えを教えてしまう
  • 失敗しないように止めてしまう
  • 抱え込んでしまう

そんな衝動が首をもたげる時があります。

でもそれは、

“助けている”ようで、
相手の力を信じ切れていない状態なのかもしれません。

「信頼」は、放置ではない

ここで難しいのは、

“信頼する”と“放置する”は違う

ということです。

信頼とは、

何もしないことではなく、

  • 見守る
  • 必要な時に支える
  • 相手の力を奪わない
  • 相手の選択を尊重する

という関わり方なのだと思います。

コーチングでも、

「答えを与える」のではなく、

「相手の中にある力を信じる」

ことが大切にされています。

それは時に、とても勇気のいることです。

なぜなら、“心配して動く”方が簡単だからです。

自分自身への「心配」

これは、人だけではなく、自分自身にも言える気がします。

未来への不安。

失敗への恐れ。

「このままで大丈夫だろうか」

そんなふうに考えることは誰にでもあります。

でも、その不安が大きくなりすぎる時、

実は、

“今の自分”を信じ切れていない

こともあるのかもしれません。

Well-Comismから見えてきたこと

最近感じるのは、

「備えること」と「信じること」は、両立できる

ということです。

備えはする。

でも、不安に飲まれすぎない。

相手を支える。

でも、相手の力を奪わない。

そして、

思い通りにならないことも含めて受け入れていく。

Well-Comismとは、

単に前向きになることではなく、

こうした“揺れ”も含めて見つめていくことなのかもしれません。

心配することが悪いのではない。

でも、

“心配しすぎる”時、
そこには「信じ切れなさ」が隠れていることがある。

そんなことを、最近考えています。

この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・

今日も佳き日に
コーチミツル

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