
「あなたを心配しているから、こうした方が良いよ。」
そう言われることがあります。
確かに、相手を気にかけること自体は、とても大切なことだと思います。
自分もこれまで、
- 大丈夫だろうか
- 無理していないだろうか
- 失敗しないだろうか
- 傷つかないだろうか
そんなふうに、人のことを心配してきました。
でも最近、ふと考えることがあります。
“心配する”ということは、
相手を本当に信じている状態なのだろうか、と。
危機管理としての「心配」
もちろん、心配そのものが悪いわけではありません。
災害への備えや、健康管理、子どもの安全確認。
こうした「備える力」は、人生においてとても重要です。
危険を予測し、準備をする。
これは、生きていく上で必要な知恵でもあります。
実際、自分も仕事や地域活動の中で、
「最悪を想定しておく」
という感覚は大切にしてきました。
だから、“心配しない方がいい”と言いたいわけではありません。
でも、人への“過度な心配”はどうだろう
ただ、人に対する心配が強くなりすぎる時。
そこには、無意識に、
「この人はまだ無理かもしれない」
という前提が入っていることがあるように感じるのです。
これはコーチングを学ぶ中でも、強く感じました。
相手の可能性を信じているつもりでも、
- 先回りしてしまう
- 答えを教えてしまう
- 失敗しないように止めてしまう
- 抱え込んでしまう
そんな衝動が首をもたげる時があります。
でもそれは、
“助けている”ようで、
相手の力を信じ切れていない状態なのかもしれません。
「信頼」は、放置ではない
ここで難しいのは、
“信頼する”と“放置する”は違う
ということです。
信頼とは、
何もしないことではなく、
- 見守る
- 必要な時に支える
- 相手の力を奪わない
- 相手の選択を尊重する
という関わり方なのだと思います。
コーチングでも、
「答えを与える」のではなく、
「相手の中にある力を信じる」
ことが大切にされています。
それは時に、とても勇気のいることです。
なぜなら、“心配して動く”方が簡単だからです。
自分自身への「心配」
これは、人だけではなく、自分自身にも言える気がします。
未来への不安。
失敗への恐れ。
「このままで大丈夫だろうか」
そんなふうに考えることは誰にでもあります。
でも、その不安が大きくなりすぎる時、
実は、
“今の自分”を信じ切れていない
こともあるのかもしれません。
Well-Comismから見えてきたこと
最近感じるのは、
「備えること」と「信じること」は、両立できる
ということです。
備えはする。
でも、不安に飲まれすぎない。
相手を支える。
でも、相手の力を奪わない。
そして、
思い通りにならないことも含めて受け入れていく。
Well-Comismとは、
単に前向きになることではなく、
こうした“揺れ”も含めて見つめていくことなのかもしれません。
心配することが悪いのではない。
でも、
“心配しすぎる”時、
そこには「信じ切れなさ」が隠れていることがある。
そんなことを、最近考えています。
この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
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