578.軽くしたのは、ボタンだけではなかった。(11年の挑戦が生んだ、1グラムにも満たない技術。)

「そんな会社が、こんな近くに。」

先日のクインテットの練習で、熱田修二師匠から教えていただきました。

「安来市に、トランペット用の軽量トップボタンを開発した会社あるよ。」

自分はこれまで、ずっとトランペットを吹いてきました。

ピストンの下側に取り付けるバルブボトムを重くして、吹奏感や音色の変化を求める部品があることは知っていました。

一方、演奏するときに指で直接押すトップボタンは、純正部品を使うのが当たり前だと思っていました。

交換用のものがあったとしても、貝などで美しく装飾された、見栄えを楽しむものくらいしか思い浮かびませんでした。

そのトップボタンを、装飾ではなく「軽さ」や「操作性」という機能面から見直して、新しい製品として開発している会社がある。

しかも、その会社は県外の遠い場所ではありません。

同じ島根県内、それも自宅から車で約30分の安来市にあると知り、とても驚きました。

「ぜひ一度、お話を伺いたい。」

そう思い、その日のうちに生和鉄工所さんへ連絡しました。

そして翌日には、社長さんに直接お会いし、お話を伺うことができました。

思い立ってすぐに動いたからこそ、社長さんにお会いでき、開発の背景を聞き、自分の楽器で試奏するところまでつながりました。

振り返ると、この行動も、自分にとって一つのWell-Doneだったと思います。

安来市で技術を磨いてきた生和鉄工所

訪問したのは、島根県安来市恵乃島町にある生和鉄工所さんです。

生和鉄工所さんは、炭素鋼やステンレス、マグネシウム合金などの金属を加工し、オートバイや建設機械に使われるジョイント、フランジなどの部品を製造してこられました。

本業で培われたのは、高い精度が求められる切削加工の技術です。

これまでには、釣り用リールの糸を巻き取る部分の軽量部品や、鳥人間コンテストで優勝した機体に使われた自転車部品の製作にも携わってこられたそうです。

軽量化が結果を大きく左右する世界で、マグネシウム合金の加工技術を磨いてこられました。

社長さんから直接お話を伺うと、「地方の町工場」という一言では表しきれない技術力と、ものづくりへの情熱が伝わってきました。

トランペットのトップボタンとは

今回、生和鉄工所さんが開発されたのは、トランペットのピストン上部に取り付けるトップボタンです。

演奏者が人差し指、中指、薬指で直接押す、平たいボタンの部分です。

見た目には小さな部品ですが、演奏中には繰り返し指が触れます。

一曲の中でも何百回、長年の演奏では数え切れないほど押すことになる、演奏者と楽器との大切な接点です。

製品はプリマ楽器を通じて販売されており、

・Yamaha(ヤマハ)
・Bach(バック)
・Getzen(ゲッツェン)

の3メーカーのトランペットに対応しています。

(トップボタン3個入りの1セットで販売されており、価格は23,100円とのこと。)

11年をかけて完成した製品

金管楽器用トップボタンの開発が始まったのは、2012年。

販売に至るまで、実に11年を要したそうです。

当時は、複数の会社が関わり、チューバ用のトップボタンを開発された経験もあったそうです。

しかし、会社によって開発への温度差や熱量の違いがあり、今回のトランペット用トップボタンは、生和鉄工所さんが中心となって開発を進められました。

小さな部品だから、簡単に作れるわけではありません。

むしろ、トランペットのトップボタンはチューバ用などに比べて薄く、小さいからこそ、高い加工精度が求められます。

指先の繊細な動きに応える製品にするために、本業で磨かれた切削技術が生かされました。

約6グラムが、0.98グラムに

社長さんが見せてくださったトップボタンを手に取った瞬間、

「軽い!」

と思わず声が出ました。

自分が使っているのは、1966年製のBach アーリーエルクハートです。

もともと付いているトップボタンを精度の高いデジタル秤で量ると、一つ約6グラムありました。

それに対して、生和鉄工所さんが開発されたトップボタン・・・。

わずか0.98グラム。

1円玉が1グラムですから、1円玉よりも軽いことになります。

今まで、日常的に使うものの一番軽量なのが1円玉だと信じていましたが、

もともとのボタンの6分の1以下です。

数字を聞いただけでも驚きますが、実際に手のひらに載せてみると、ほとんど重さを感じません。

「こんなに軽い部品を、指で押す場所に使うとどうなるのだろう。」

さらに興味が湧いてきました。

自分の1966年製Bachにも装着できた

自分のトランペットはかなり古い楽器です。(今年で還暦ですね(笑))

1966年製なので、現在販売されているトップボタンが問題なく取り付けられるのか分かりませんでした。

販売店で購入してから合わなかった、ということは避けたいと思っていました。

そこで今回、実際に自分の楽器を持参し、装着できるか確認していただきました。

純正のトップボタンを外し、新しいトップボタンに交換すると、問題なく取り付けることができました。

そして、その状態で実際に試奏までさせていただきました。

軽さだけではなかった、指へのフィット感

最初に感じたのは、ピストンの戻りの軽快さでした。

純正のボタンと新しいボタンを付け替えながら比べてみると、ピストンが戻ってくる動きが速くなったように感じました。

しかし、印象に残ったのは軽さだけではありません。

ピストンを押し下げたとき、指先にすっとフィットするような感覚がありました。

トップボタンの指が当たる部分が、なめらかにくぼんでいるためでしょうか。

指先が自然に収まり、押し切ったときの止まり方も安定しているように感じました。

これは、あくまで自分が短時間試奏した中での感想です。

それでも、単に部品を軽くしただけではなく、演奏者の指が直接触れる部分の形状まで、丁寧に考えられているように感じました。

軽いから戻りが速い。

そして、指にフィットするから押しやすい。

小さな部品ですが、実際に触れて初めて分かる工夫がありました。

軽さと引き換えに生まれる課題

トップボタンに使われている素材は、マグネシウム合金です。

自分はアルミニウムがとても軽い金属だと思っていましたが、マグネシウムはアルミニウムよりもさらに軽いそうです。

鉄と比べると、比重は約4分の1。

軽量化には非常に適した素材です。

ただし、他の金属と同様にマグネシウム合金は金属であり

汗や湿気などにより腐食しやすいため、しっかりと保護する必要があります。

ところが、鉄と違い塗装やメッキ、コーティングなどの表面処理が技術的に困難を極めたとお伺いしました。

開発段階では、メッキ処理の途中で表面に割れが生じたり、酸化を防ぐための皮膜が摩擦で剥がれ、数カ月後に錆が出たりすることもあったそうです。

軽いものを作るだけなら、もっと早くできたのかもしれません。

しかし、演奏者が長く安心して使える製品にするためには、腐食の問題を克服しなければなりませんでした。

30社を超える会社に声をかけて

錆の問題を解決するために、生和鉄工所さんは表面コーティングを手がける全国各地の30社を超える業者に、試作を依頼されたそうです。

なかなか思うような結果が得られない中で、長期間錆を防ぐことのできる技術を持つ会社と出会いました。

生和鉄工所さんの精密な切削加工技術。

そして、別の会社が持つコーティング技術。

異なる専門技術がつながったことで、ようやく製品として完成させることができました。

一つの会社だけですべてを抱えるのではなく、互いの得意な技術を持ち寄って、新しい価値を生み出す。

ここにも、ものづくりの面白さがあると思いました。

演奏者による長期間の使用試験

試作品は、島根県内外の音楽団体や大学のトランペット奏者などに実際に使ってもらい、改良を重ねられたそうです。

「長時間演奏しても指が疲れにくい」

「操作しやすい」

「音のつながりが滑らかになった」

といった声も寄せられたとのことでした。

さらに、毎日5時間を超えてトランペットを演奏する方にも、2年以上使用してもらい、耐久性を確かめられたそうです。

素材が軽いというだけでは、製品として販売することはできません。

演奏者に実際に使ってもらい、操作性と耐久性の両方を確かめる。

11年という開発期間には、そうした地道な積み重ねも含まれていました。

今年2月から販売が始まった

製品は、楽器販売会社のプリマ楽器を通じて、今年2月から販売が始まりました。

社長さんのお話では、販売開始後の反応も良く、すでに100セットの追加生産の依頼もあったそうです。

これまで純正品が当たり前だったトップボタン。

見た目を美しくするための交換部品はあっても、軽量化によって操作性を高めるという発想は、多くの演奏者にとって新鮮だったのではないでしょうか。

自分自身も、実際に見て、触れて、試奏するまで、トップボタンにこれほどの可能性があるとは考えたことがありませんでした。

地域に希望を感じた一日

最近、地域では少し寂しいニュースもありました。

長年にわたり地域のものづくりや雇用を支えてきた三菱マヒンドラ農機が、農業機械事業から撤退し、会社を解散するという発表がありました。

地域の産業が少しずつ失われていくように感じ、寂しい思いをされた方も多いのではないかと思います。

そんな中で今回出会ったのが、生和鉄工所さんでした。

国内のどこかにある会社ではありません。

同じ島根県内。

しかも、自宅から車でわずか30分ほどのところにあります。

その場所で、長年磨いてきた技術を生かし、これまでになかった金管楽器部品を開発している。

そして、その製品が国内外のトランペット奏者に向けて販売され、実際に注文が増えている。

そのことが、自分にはとても嬉しく感じられました。

地方では、産業がなくなっていく話ばかりではありません。

地域の中には、まだ自分たちが知らない技術や、挑戦を続けている会社があります。

今回、生和鉄工所さんを訪ねたことで、そのことを実感しました。

若々しさは、年齢ではなく情熱から生まれる

社長さんは昭和29年生まれとのことでした。

しかし、最初にお会いしたとき、自分よりも年下の方ではないかと思ったほど若々しく見えました。

お話を伺っていると、その理由が少し分かるような気がしました。

新しい素材に挑戦する。

これまでになかった製品を開発する。

うまくいかなくても、解決できる技術を持つ会社を探し続ける。

そして、完成した後も、さらに使いやすい製品へと改良を続けようとしている。

その前向きな情熱が、社長さんの若々しさにつながっているのかもしれません。

社長さんは、これからも改良を重ねながら、長く使ってもらえる商品に育てていきたいという思いを話してくださいました。

完成したから終わりではない。

より良いものを目指して、これからも進化させていく。

その姿勢が、とても印象に残りました。

良い情報は、行動して初めて経験になる

今回の出来事を振り返ると、熱田師匠から話を聞いたのは、クインテットの練習中でした。

その話を聞いた翌日には、生和鉄工所さんを訪ねていました。

もし、

「面白そうだな」

「いつか行ってみよう」

と思ったまま動かなければ、社長さんのお話を聞くことも、製品に触れることも、自分の楽器で試奏することもありませんでした。

良い情報は、聞いただけでは、まだ情報のままです。

一歩行動することで、初めて自分の経験になります。

昨日聞いた話が、翌日には自分自身の体験になりました。

この行動は、自分にとって一つのWell-Doneだったと思います。

Well-Being Spiralとのつながり

生和鉄工所さんは、2012年から開発を始め、11年をかけて製品化されました。

腐食という課題にぶつかり、全国30社を超える会社に声をかけ、協力してくれる技術者を探し続けられました。

試作品を演奏者に使ってもらい、改良を重ね、耐久性も確認されました。

すぐに結果が出なくても、一つずつ課題を乗り越えていく。

それは、まさに小さな行動の積み重ねが、次の可能性を生み出していく姿だと思います。

そして自分も、熱田師匠から聞いた話に心が動き、すぐに連絡するという小さな一歩を踏み出しました。

その行動が、

社長さんとの出会いにつながり、

新しい技術を知ることにつながり、

実際に試奏する経験につながり、

このブログを書くことにもつながりました。

一つの行動が、次の出会いを生み、また次の気づきを生み出していく。

これも、Well-Being Spiralの一つの形なのだと思います。

今回軽くなったのは、トップボタンだけではありません。

地域への希望も、自分の心も、少し軽やかになったような気がしました。

この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・

今日も佳き日に

コーチミツル

#生和鉄工所 #安来市 #トランペット #トップボタン #町工場 #ものづくり #マグネシウム #精密加工 #WellBeingSpiral #コーチミツル


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