2週間ほど前、息子家族が2匹の保護猫を預かることになりました。
まだ生後1か月半ほどの、小さな子猫です。
黒い子猫は、緑色の目をした「ジジ」。
やはり『魔女の宅急便』に出てくる黒猫ですかね。
もう1匹は、キジトラの「ココ」です。
自分も2匹に会いたくなり、息子の家へ見に行きました。
最初は、2匹とも自分を怖がっていた
初めて会ったジジとココは、2匹とも自分を怖がっていました。
少し近づこうとすると距離を取り、こちらの様子をじっと見ています。
子猫たちにとって自分は、突然現れた大きな知らない人です。
こちらは「かわいいな」「触ってみたいな」と思っていますが、猫たちにはそんな事情は分かりません。
そこで、無理に近づくのはやめて、しばらくそっとしておくことにしました。
すると、時間がたつにつれて、2匹のほうから少しずつ近づいてきました。
自分のジーンズのにおいをかいだり、腕のにおいを確かめたりしています。
自分が危険な相手ではないか、猫たちなりに確認していたのでしょう。
こちらから追いかけるのをやめたことで、今度は猫たちのほうから距離を縮めてくれました。
そして少し慣れてきた頃、猫じゃらしを使ってみると、2匹は興味を示し、やがて一緒に戯れ始めました。
猫じゃらしで遊んであげたというより、遊んでもらったと言ったほうが正しいのかもしれません。
「猫」と検索して、初めて思い出した
今回の出来事をブログにできるだろうかと思い、自分の過去の記事を「猫」という言葉で検索してみました。
すると、昨年5月に書いた記事が見つかりました。
180.また、あの三毛猫に会いたい― 幼い日々と、愛猫との時間 ―
そこには、子どもの頃から20歳になるまで一緒に暮らしていた、三毛猫のミミのことが書かれていました。
そして自分は、その記事の中で、もう一度猫に会いたいという思いを書いていました。
ところが、その記事を書いたこと自体を、自分はすっかり忘れていたのです。
検索して初めて思い出し、少し苦笑いしてしまいました。
自分で書いておきながら、願ったことまで忘れていたのです。
願いは、握り続けなくてもよい
願いというと、叶うまで強く思い続けなければならないように感じることがあります。
目標を紙に書き、毎日思い出し、実現するまで努力を続ける。
もちろん、それが必要な願いもあります。
しかし、すべての願いを強く握りしめ続ける必要はないのかもしれません。
一度願ったら、いったん手から離してみる。
そして、目の前の日常を普通に過ごしていく。
すると忘れた頃に、自分が想像していなかった形で、願いが目の前に現れることがあります。
自分が会いたいと思っていたのは、子どもの頃に一緒に暮らしていた三毛猫でした。
しかし実際に現れたのは、黒猫のジジとキジトラのココでした。
しかも、自分の家ではなく、息子の家です。
猫との距離も、願いと同じだった
考えてみれば、今回の猫たちとの距離の縮まり方も、願いと少し似ていました。
最初は、こちらから近づこうとすると、2匹は離れていきました。
そこで無理に追いかけるのをやめ、そっとしておきました。
すると今度は、猫たちのほうから近づき、においをかぎ、少しずつ自分を確かめ始めました。
猫も願いも、こちらが力を入れて追いかければ、近づいてくるとは限りません。
いったん手を離し、少し距離を置く。
すると、向こうから近づいてくることがあります。
もちろん、何もしなくても願いが叶うということではありません。
ただ、願いを強く握りしめすぎると、目の前にすでに現れているものに気づけなくなることもあるのだと思います。
自分で飼わないという、ちょうどよい距離
猫と一緒に暮らすことには、大きな喜びがあります。
その一方で、命を預かる責任もあります。
毎日の食事やトイレの世話、病気になったときの対応、外出や旅行の際のことまで考えなければなりません。
かわいいという気持ちだけで、簡単に飼えるものではありません。
そう考えると、自分が猫を飼うのではなく、息子の家に会いに行くという今の距離感は、自分にはちょうどよいのかもしれません。
猫に会う楽しみができました。
そして、息子の家に行く理由も、ひとつ増えました。
自分がすべての責任を負うわけではありません。
だからこそ、少し離れた場所から、純粋に成長を楽しむことができます。
近すぎず、遠すぎず。
この距離感もまた、自分が思い描いていた以上に、ちょうどよい願いの叶い方なのかもしれません。
会いたかった猫は、違う形で現れた
もちろん、ジジとココが、かつて一緒に暮らしたミミの生まれ変わりだというわけではありません。
そのようなことは、自分にも分かりません。
けれど、もう一度猫に会いたいと思っていた自分の前に、黒猫とキジトラの2匹が現れました。
しかも、願った本人が、その願いを忘れた頃に。
願いは、いつも自分が思い描いた姿で現れるとは限りません。
同じ場所、同じ形、同じ関係で叶うとも限りません。
けれど、自分にとって無理のない、ちょうどよい形を選んで現れることはあるのでしょう。
会いたかった猫は、息子の家に現れました。
そして最初は自分を怖がっていた2匹も、そっとしているうちに、向こうから近づいてきてくれました。
願いは、ずっと握りしめていなくてもよい。
一度願ったら、いったん手から離してみる。
すると忘れた頃に、黒猫のジジとキジトラのココになって、目の前に現れることもあるようです。
次に会ったとき、2匹は自分のことを覚えているでしょうか。
また少し警戒されるかもしれません。
そのときも、無理に近づかず、そっと待ってみようと思います。
そして、猫じゃらしで遊んであげるのではなく、また遊んでもらおうと思います。

願いは、握りしめ続けなくてもいい。
手から離した願いが、自分にちょうどよい形を選んで、戻ってくることもある。
この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
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