451.【全20回シリーズ】第4回 第2条「三宝を敬へ」の意味(聖徳太子の十七条憲法とは何か ― 国家を支える倫理を読み直す)

宗教のススメに見えるこの一文は、国家に何を置こうとしたのか。


第2条は、こう始まります。

篤(あつ)く三宝(さんぼう)を敬(うやま)へ。三宝とは仏(ほとけ)・法(のり)・僧(そう)なり。

正直に言うと、自分は少し戸惑いました。

もちろん自分の家には仏壇もありますし、お寺に行くこともあります。

でも、国家の条文に、なぜ仏教なのか。

はるさんに訊いてみました。

「これは単なる信仰のすすめなのでしょうか」(笑)


三宝とは何か

三宝とは、

仏(ほとけ)…悟(さと)りを開(ひら)いた存在であり、人としての理想の姿を示すもの。

法(のり)…仏が説いた教えであり、物事の正しいあり方や真理を指すもの。

僧(そう)…その教えを学び、伝え、実践する人々の集まり。


この三つを合わせて「三宝(さんぼう)」と呼び、当時 人がよりどころとする精神的な柱とされていました。

はるさんは言いました。

「当時の日本にとって、仏教は最先端の思想でもあったんですよ」と。

自分はそこに、少し驚きました。


なぜ第2条に置いたのか

第1条で「和」を掲げ、
第2条で「三宝」を敬えとする。

この順番に意味はあるのか。

はるさんは、

「国家のよりどころを明示したのではないか」

と言いました。

自分は考えました。

制度を整える前に、
価値の基準を置く。

それが三宝なのかもしれない。


宗教というより“基準”

自分は、宗教を押しつける条文には感じませんでした。

むしろ、当時の最先端の人の生き方のよりどころであれば

人が迷ったとき、
立ち返る軸を示したようにも見えます。

当時、豪族同士の争いもあり、
国家としてのまとまりはまだ弱かった。

その中で、

超越的な基準を置く。

それが三宝だったのではないか。

自分はそう感じました。


現代に置き換えるなら

現代の国家や組織にも、

「よりどころ」はあるでしょうか。

法律。
理念。
ミッション。

けれど、それが本当に共有されているか。

自分は少し立ち止まりました。

第2条は、

信仰を強制する文章というより、
国家の精神的な軸を置く試みのように思えました。


自分が感じたこと

第1条が“対話”なら、
第2条は“軸”。

対話だけでは揺れます。

軸だけでは固まってしまいます。

和と三宝は、バランスをとるための
両輪なのかもしれません。

まだ答えは出ていません。

けれど、自分は

国家にも、組織にも、個人にも、
立ち返る場所が必要なのではないか

と感じました。


次回は第3条。

「詔(みことのり)を承(うけたまわ)りては必ず慎(つつし)め」

ここからは、より具体的な統治の話に入っていきます。

この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・

今日も佳き日に
コーチミツル

#聖徳太子 #十七条憲法 #三宝を敬へ #仏法僧 #国家倫理 #日本思想 #よりどころ #精神的な軸 #歴史から学ぶ #組織の基盤

参考文献

・『日本書紀』巻第二十二
・坂本太郎校注『日本書紀』(岩波文庫)
・井上光貞『日本の歴史2 飛鳥の朝廷』(中央公論社)
・末木文美士『仏教思想のあゆみ』(岩波新書)

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