424.60歳からの人生をグリコのおまけだと思ってみたら(当たりかハズレかは、開けてみてから・・・)

これは自分の経験なんですが、

40代のころ、
人生はもう半分を折り返したのだと思い、
どこか寂しいような気持ちを抱いていました。

50代になると、
60代の自分の姿がより現実的に想像できるようになり、
それは少し「諦め」に近い境地のようにも感じられました。

この先は、
もう大きな変化はないのかもしれない。
そんなふうに、
無意識のうちに自分で線を引いていたのかもしれません。

けれど今は、
少し見方を変えて生活しているように思います。

60歳からの人生は、
グリコのおまけのようなものではないか、
そんなふうに感じるようになりました。

江崎グリコの栄養菓子「グリコ(キャラメル)」には、
創業当初から小さなおまけが付いていました。
それは単なる付録ではなく、
「子どもにとって、食べることと遊ぶことはどちらも大切」
という想いから生まれたものだったそうです。

何が入っているかは、
開けてみるまでわからない。
それが、グリコのおまけの一番の魅力でした。

当たり的なおまけもあれば、
そうでもないものもある。
でも、
おまけが付いているだけで、
箱を開けるその時間は、
少し特別なものになります。

今は「ジェンダーレス」という言葉が
当たり前のように使われる時代になりましたが、
自分が子どもだった当時は、
おまけにも「男の子用」がブルー「女の子用」がピンクといったような区分が、
はっきりとありました。

男の子用には、
小さくてもタイヤが回って走る車や乗り物。
女の子用には、
ままごとや人形遊びにつながるもの。

どちらが良い、悪いという話ではなく、
その時代なりの「楽しませ方」が、
そこにはあったのだと思います。

小さな箱の中に、
きらきら光る車が入っていたときは、
それだけで一日が幸せになる。
そんな感覚が、確かにありました。

今思うと、
このお菓子以上の体験が、
その後の文化につながっていったのかもしれません。

カード目当てでお菓子を捨てて社会問題にもなった仮面ライダースナックの仮面ライダーカード。
プロ野球チップスのカード。

どちらも、
「集めること」そのものが目的になり、
何が出るかわからないからこそ、
一喜一憂が生まれました。

仮面ライダーカードでいえば、
特に初期の仮面ライダー1号関連はレアでした。
仮面の下の顔が見えていたり、
今では考えられないようなカットが使われていて、
子ども心に
「これは特別だ」と感じたものです。

当たりも、ハズレも含めて、
すべてが思い出になる。

そんな体験が積み重なって、
「開けてみる楽しさ」は、
自然な流れで
カード文化へと受け継がれていったのかな、
そんなふうにも思います。

そんな「おまけ」の感覚で、
60歳からの人生を眺めてみると、
新しい挑戦も、
ずいぶん気楽に思えてきます。

おまけのつもりでやってみたことが、
もしかすると
レア中のレアなラッキーアイテムかもしれない。

もちろん、
それが本当に当たりかどうかは、
やってみなければわかりません。

ただ、
一つだけはっきりしていることがあります。

当たりでも、ハズレになるにしても、
行動しなければ、何も起こらないということです。

開けなければ、
おまけは手に入りません。
指をくわえて、
誰かが開けているのを
眺めているだけになってしまいます。

大きな覚悟はいりません。
子どものころのように、
「ちょっと開けてみようかな」
それくらいの気持ちでいい。

ハズレだったら、
「今回はハズレだったな」と笑えばいい。
それも、ちゃんとした経験になります。

一人の人から「声が良いですね」と言われ、
その気になって
ナレーターのオーディションを受けてみた自分は、
今、まさにそんな場所に立っています。

当たりか、ハズレかは、
まだわかりません。
でも、
開けてみたことだけは、確かです。

人生の後半は、
減っていく時間ではなく、
何が出るかわからない時間。

そう考えてみると、
これからの日々は、
少しだけ軽やかに感じられます。

あなたは、
これからどんなグリコのおまけを、
開けてみたいでしょうか。


この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル

#60代からの人生
#人生の後半
#グリコのおまけ
#昭和40年代
#子どもの頃の記憶
#ノスタルジー
#好奇心を忘れない
#小さな挑戦
#行動する勇気
#仮面ライダー1号
#プロ野球カード
#人生を楽しむ
#コーチミツル

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!