以前、斎藤一人さんの「悪徳裁判官」の話を聴いて、とても印象に残りました。
本来、裁判とは一つの出来事について判決が下され、その責任を果たせば終わるものです。
ところが、世の中には何年も前の出来事を何度も持ち出し、
「だから君はダメなんだ。」
「昔もそうだった。」
「何も変わっていない。」
と、同じ裁判を繰り返す人がいます。
言われる側は、そのたびに心が傷つきます。
そして、ふと思うのです。
「これは、誰のための言葉なのだろう。」
相手の成長を願っている言葉なのか。
それとも、ただ裁き続けるための言葉なのか。

自分にも思い当たることがあります
自分にも、今思い出すと申し訳なかったと思う出来事があります。
高校生の頃、友人から借りた時計を壊してしまったことがありました。
当時は謝るだけで終わり、弁償もしませんでした。
今思えば、本当に申し訳ないことをしたと思います。
もし今の自分なら、きちんと謝り、弁償を申し出るでしょう。
では、なぜ今になって胸が痛むのでしょうか。
以前、「ニ十歳頃の過ち」というブログにも書きましたが、自分はその理由を、
「あの頃より自分が成長したから」
だと思っています。
もし今でも同じ考え方なら、きっと後悔もしないでしょう。
「あれは悪かった。」
そう思えるようになったこと自体が、自分の成長なのだと思います。
罪を償うとは何だろう
もちろん、連絡が取れるのであれば、直接謝ることが一番です。
でも、人生には謝りたくても謝れない相手もいます。
空を見上げ、
「あの時は本当にごめんなさい。」
と心から伝える。
それは相手のためというよりは
自分の過ちをごまかさず、自分の心に正直になるためです。
そして、一度心から謝ったなら、その後は何度も同じことで自分を責め続けるのではなく、その経験をこれからの生き方に生かしていけばよいのではないでしょうか。
Well-Being Spiralで考えると
Well-Being Spiralで表すなら、
過去の出来事をごまかさず受け止めることが Well-Comism。
その経験を未来の行動へ生かすことが Well-Done。
そして、その姿勢を続けることが Well-Keeping。
起きた事実は変えられません。
しかし、その出来事の意味や解釈は変えることができます。
「あの時の失敗があったから、今の自分は人への接し方や責任について深く考えられるようになった。」
そう思えた時、その出来事は後悔だけではなく、自分を成長させてくれた経験へと変わります。
もし昔のことを蒸し返されたら
もし、何年も前のことを持ち出されることがあったなら、このように伝えてみるのも一つの方法かもしれません。
「あの時のことは、今でも申し訳なかったと思っています。
だからこそ、自分は二度と同じことをしないように行動しています。
あなたは、今の自分をどう感じられますか。」
もしかすると、相手は、
「変わっていない。」
と言われるかもしれません。
でも、それでいいのです。
他人の評価は、自分では変えられません。
自分が自分の悪徳裁判官にならないために
一番大切なのは、自分まで昔の自分を裁き続けないことです。
自分は、高校生の頃の自分とは違います。
過ちをごまかさず受け止め、
反省し、
そこから学び、
その経験をこれからの行動に生かそうとしています。
それでも誰かが昔の自分だけを見続けることはあるかもしれません。
でも、自分だけは知っています。
あの頃の自分と、今の自分は違うことを。
だからこそ、自分だけは自分のWell-Wisherでありたいと思います。
過去を正当化するのではありません。
過去を受け止めた上で、成長した今の自分を認めることです。
悪徳裁判官の言葉に振り回されるのではなく、
「あの出来事があったからこそ、今の自分がある。」
そう解釈できた時、過去は人生を縛るものではなく、人生を支える経験へと変わっていくのではないでしょうか。
この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
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