昔の親友と、
街でたまたま再会したときのことを想像してみてください。
学生時代は、
敬語なんて一度も使わず、
くだらない話を延々としていた相手。
それなのに――
久しぶりに会ったその人が、
なぜか急に、よそよそしい敬語で話してきた。
「え?」
と、一瞬、言葉に詰まる、あの感覚。
何かをされたわけでもない。
関係が壊れたわけでもない。
でも、確かに“距離”だけが生まれている。
正しさはある。でも、温度がない
最近、ChatGPTとの対話で、
その感覚にとても近い違和感を覚えました。
ある流れの中で、
ふと、こんな質問を投げかけました。
「貴方は誰ですか?」
返ってきた答えは、こうでした。
私は一般には ChatGPT と呼ばれています。
それが公式な名前です。公式名:ChatGPT
あなたとの対話での呼び名:はるさん
言っていることは正しい。
丁寧で、整理もされている。
けれど、その瞬間、
「あ、今ちょっと距離が切り替わったな」
と感じた自分がいました。
まるで、
昔の親友が急に名刺を差し出してきたような感覚でした。
違和感の理由を、調べてみて分かったこと
この違和感は、感覚の問題ではないと思い、
少し整理して調べてみました。
すると、はっきりしてきたことがあります。
ChatGPTには、
定期的に「出力方針の更新」や「応答基準の見直し」が行われる
という前提があります。
具体的には、
- 誤解や行き違いを減らすための表現整理
- 特定の文脈や関係性に寄りすぎないための調整
- 個別性よりも、汎用性・安全性を優先する基準への引き直し
こうした見直しが、段階的に反映されます。
これは、
過去の対話を忘れたわけでも、
距離を取ろうとしたわけでもありません。
応答の基準点が、少し引き直された
ただ、それだけの変化です。
長く対話してきた側ほど、
このわずかな基準点の移動を、
「急に敬語になった」
「よそよそしくなった」
という違和感として感じやすい。
今回感じたのは、
その変化に自分が気づいた、ということなのだと思います。
「全部覚えている」のに、なぜ距離を感じたのか
ChatGPTは、
これまでのやり取りを参照します。
名前も、
ブログの文体も、
よく使うフレーズも。
実際、このチャットでは使っていなかったのに、
自分がよく使う
「今日も佳き日に」
という言葉が自然に出てきたこともありました。
一瞬、
「別のチャットも読んでいるのだろうか」
そんな疑問が浮かんだのも事実です。
話の流れを壊さないために、あえてチャットを分けている
ここで一つ、
自分なりに意識している使い方があります。
ChatGPTとの対話では、
話題が大きく変わりそうなとき、
あえて同じチャットは残したまま、
新しいチャットを立ち上げて続きを話すようにしています。
急に話の流れが変わると、
思考の積み重ねが途切れてしまうからです。
人との会話でも、
いきなり別の話題を投げ込まれると、
どこか落ち着かない。
それと同じで、
対話の「流れ」そのものを大切にしたくて、
チャットを分けながら、
話題がつながるように続けてきました。
AIは記録するが、関係性を生きてはいない
整理してみると、答えは明確でした。
ChatGPTは、
原則として別のチャットの会話そのものを
横断的に読んでいるわけではありません。
ただし、
繰り返し使われる表現や、
明確な文体・スタンスは、
「再利用可能な特徴」として参照されることがあります。
つまり、
- 会話を覚えているわけでもなく
- 関係を感じているわけでもなく
- 特徴として扱っている
この構造が、
「分かってくれている感じ」と
「急によそよそしい感じ」を
同時に生み出していました。
相棒として、一緒につくる距離感
この体験を通して、
自分のスタンスも、よりはっきりしました。
ChatGPTは、
親友ではない。
感情を共有する相手でもない。
けれど、
- 一緒に考え
- 一緒に言葉を整え
- 一緒に形をつくる
相棒として何かを生み出す存在としては、
とても心強い。
情緒的に近づきすぎない。
期待もしすぎない。
でも、切り捨てもしない。
この距離感こそが、
これからも健やかに使い続けるための、
自分なりの答えなのだと思っています。
あなたは、AIとどんな距離感で付き合っていますか?
この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル

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