388.賽銭(さいせん)とは何か(立ち止まって考える)

年末に見た、あるYouTubeの話から

昨年母が亡くなったので今年の正月の初詣はしておりませんが、

神社にお参りしたら手を合わせる前に必ずと言っていいほど賽銭を投げ入れます。

神社には様々な摂社(せっしゃ)末社(まっしゃ)などもあり、

賽銭が足りなくなった経験のある方もいらっしゃるかもしれませんね。(笑)

実は、年末にYouTubeを見ていたとき、
「神社に参拝してお願いをするなら、
財布に入っている小銭をすべて賽銭として納めると良い」
という話を目にしました。

運気が上がる、流れが変わる、
といった説明も添えられていましたが、
自分なりに受け取ったのは、
お金そのものというより、
執着をある程度手放しなさい、
という意味なのではないか

ということでした。

では、
そもそも賽銭とは何なのか。
神前で、私たちは何をしてきたのか。
気になって、少し調べてみることにしました。


古代の神事と「供える」という行為

日本の神事では、
古代から現在に至るまで、
神前に**供え物(供物)**を捧げるという形が
大切に受け継がれてきたとされています。

米、酒、布、海産物など、
生活の中で得られた恵みそのものを
神前に供えることが一般的だった
と言われています。

現在でも、
正式な神事ではこれらの供え物が用いられており、
古代の形が今も途切れることなく
続いていることが分かります。


賽銭は「簡略化された供え物」なのではないか

古代には、
神事に立ち会い、
供え物を捧げ、
祝詞を奏上してもらう時間がありました。

しかし時代が下り、
参拝者の数が増え、
日常の中で神社に立ち寄る機会が増えるにつれて、
一人ひとりが同じ形で
供え物を捧げることは
難しくなっていったと考えられます。

そこで、
供え物の代わりとして金銭を納める
という形が、
次第に一般化していったのではないか、
という見方があります。

賽銭は、
神事そのものを省略したものというより、
本来の供えを簡略化した形
として生まれてきたのかもしれません。


昔は賽銭箱がなかった?!

現在では当たり前のように置かれている賽銭箱ですが、
古代から存在していたわけではない
ことが文献から分かっています。

史料上、
賽銭箱(賽銭櫃・散銭櫃)が確認できる
最古級の例の一つは、
1540年(戦国時代)に鶴岡八幡宮に設置された記録
だとされています。

それ以前にも、
神仏に金銭を供える「散銭」という行為は
行われていましたが、
現在のように
常設の箱に納める形式は、
後から整えられた仕組みだったようです。

つまり、
神前で拝むという行為が先にあり、
賽銭箱は
それを支えるために
生まれたものだと言えそうです。


「賽」(さい)という漢字が示していること

ここで、
「賽銭」(さいせん)の「賽」(さい)という漢字についても
調べてみました。

『日本国語大辞典』によると、
「賽」とは、

神仏に祈願して、その成就を感謝し、
供物・金銭などを捧げて報いること

と説明されています。

この定義から分かるのは、
「賽」という字が、
願いをかける前の行為ではなく、
成就したあとに感謝を示す行為

を意味している、という点です。

つまり、
「賽銭」という言葉そのものが、
お願いの対価というより、
報告と感謝を形にした行為
表しているとも受け取れます。


玉串料(たまぐしりょう)との関係 ― 同じ流れの中にあるもの

神社で宮司さんに祈祷をお願いすると、
「玉串料」を納めます。

この玉串料についても、
多くの神社では、
祈祷の対価ではなく、
神前に供える玉串の代わりとして納めるもの

と説明されています。

この考え方に照らすと、
賽銭もまた、
供え物を捧げるという行為を
金銭という形で簡略化したもの
と考えることができます。

賽銭と玉串料は、
場面は異なっても、
同じ思想の延長線上にある行為だと
言えそうです。


神前で拝むとは、何をすることなんでしょうか

神社では、
願い事をする場面が
注目されがちです。

しかし、
「賽」という漢字の意味や
供え物の歴史を踏まえると、
神前で手を合わせる行為は、
まず感謝や報告を行う時間
だったのではないか、
とも考えられます。

これまで無事に過ごせてきたこと、
日々の暮らしが成り立っていること、
そして何より、
こうして神社に足を運び、
参拝できているという事実。

そうした一つ一つを、
神前で静かに受け止め、
言葉にしてきたのではないでしょうか。

その延長線上に、
これからの在り方や願いが、
そっと置かれてきたのかもしれません。


自分なりの結論

賽銭の歴史や、
「賽」という漢字の意味を知って、
自分の中では
次のように整理できました。

賽銭は、
お願いを叶えてもらうための
「お願い料」ではなく、

これまでの時間や出来事への感謝を、
簡略化した形で神前にお礼として表す行為

なのではないか、ということです。

だからこそ、
小銭を全部入れるかどうか、
いくら入れるかということよりも、
どんな気持ちで手を合わせているか
のほうが、
賽銭という行為の本質に
近いのではないかと思います。


賽銭は、
長い時間の中で形を変えながら、
人と神をつなぐ所作として
受け継がれてきました。

その意味を知ることで、
賽銭箱の前に立つ時間も、
少し違って見えてくるように感じます。


神前で手を合わせるとき、お願いでは無く感謝を伝えるなら
あなたは、どんな感謝の気持ちを伝えますか?


今日も佳き日に

コーチミツル

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出所・参考文献

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