612.言い訳はしない。でも、説明はする。

自分は昔から、「武士に二言はない」というような姿勢が好きです。

何かあった時に、あれこれ弁解しない。

「自分は悪くない」
「こういう事情があった」
「本当はこうだった」

そんなことを並べるより、黙って引き受ける。

そして、言葉ではなく、その後の行動や背中で示す。

そんな生き方を、どこか格好いいと思ってきました。

だから自分自身も、弁解や言い訳をあまり良しとしてきませんでした。

けれど最近、少し考え方が変わってきました。

言い訳をしないことと、説明をしないことは違うのではないか。

そう思うようになったのです。

黙っていることが、いつも潔いとは限らない

何か問題が起きた時、自分の考えや事情を話すと、

「言い訳しているように思われるのではないか」

と感じることがあります。

だから黙る。

自分が引き受ければいい。

以前の自分なら、そう考えることが多かったように思います。

確かに、それが必要な場面もあります。

しかし、仕事や人間関係では、黙っていることで事実とは違う理解が残ってしまうことがあります。

誰に相談したのか。

どんな経緯があったのか。

何を考えて、その判断をしたのか。

実際に何が起きたのか。

それを伝えなければ、相手は知ることができません。

そして、伝えなかったことによって誤った理解が残ったとしても、

「自分は言い訳をしなかった」

だけで、本当に責任を果たしたと言えるのだろうか。

最近、そんなことを考えるようになりました。

言い訳と説明は、目的が違う

では、言い訳と説明は何が違うのでしょう。

自分なりに考えてみると、一つの違いが見えてきました。

言い訳は、責任から逃れるために言葉を使う。

一方で、

説明は、何が起きたのかを明らかにするために言葉を使う。

もちろん、その境界は簡単ではありません。

説明しているつもりでも、自分を正当化したい気持ちが混ざることもあるでしょう。

だからこそ大切なのは、

「自分は何のために、これを話しているのか」

と自分に問いかけることなのだと思います。

「そんなつもりではなかった」だけでは終わらせない

説明する時に気をつけたいこともあります。

「自分はそんなつもりではなかった」

これは、自分の意図を説明する言葉です。

しかし、それだけで起きた結果がなくなるわけではありません。

そんなつもりではなくても、相手を傷つけたかもしれない。

良かれと思った判断でも、結果として問題を起こしたかもしれない。

だから、

「自分はこう考えていました」

と説明することと、

「結果について、自分にも責任があります」

と認めることは、両立するのだと思います。

説明することは、自分を無罪にすることではありません。

過去を振り返って見えてきたこと

最近、自分は過去の手帳を読み返しています。

当時は余裕がなく、目の前の出来事に対応することで精一杯でした。

ところが時間が経って読み返してみると、

「ここは自分にも至らないところがあった」

と思うこともあれば、

「これは自分一人が背負うことではなかったのではないか」

と思うこともあります。

これは、過去の自分を弁護したいからではありません。

誰かを悪者にしたいわけでもありません。

ただ、

起きたことを、起きたこととして見たい。

そのためには、自分の記憶だけではなく、当時の記録や事実を丁寧に見ていく必要があります。

それもまた、「説明する」ということなのかもしれません。

背負うことと、背負いすぎること

ここには、人との関わり方にも通じるものがあります。

相手の話を聴くことと、相手の要求をすべて引き受けることは違います。

相手を大切にすることと、自分を消耗させ続けることも違います。

同じように、

責任を引き受けることと、すべてを自分の責任として背負うことも違う。

説明責任を果たすことと、相手が納得するまで説明し続けることも違う。

自分の責任は引き受ける。

しかし、自分の責任ではないものまで抱え込まない。

そこには、人間関係の「境界線」があるのだと思います。

言うべきことを言って、その後は背中で示す

だからといって、自分がこれまで大切にしてきたものを捨てたいとは思いません。

今でも、言い訳ばかりする姿より、背中で示す姿の方が好きです。

「武士に二言はない」

そんな潔さにも、やはり惹かれます。

ただ、今は少し意味が変わってきました。

言うべきことは言う。

事実はきちんと説明する。

間違っていたことは認める。

しかし、必要以上に自分を正当化しない。

そして、説明すべきことを説明したなら、

その後は、背中で示す。

それでいいのではないかと思うようになりました。

黙って背負うことだけが、潔さではない。

事実を伝え、自分が負うべき責任を引き受けることもまた、潔さなのだと思います。

自分自身、まだその境界線を学んでいる途中です。

でも、これまでの経験を振り返りながら、今はこう思っています。

言い訳はしない。
でも、説明はする。

そして説明した後は、行動で示していきたいと思います。

この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・

今日も佳き日に
コーチミツル

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