352.口伝(くでん)という伝わり方 (文章にできても、人を通して伝える理由とは?)

昔から、武術の奥義や祭祀の作法、芸事の極意などは「一子相伝」として、外に漏らさない形で伝えられてきたと言われています。
その背景には、“大切なものを守る”という目的があったのだと思います。

ただ、最近あらためて感じるのは、こうした特別な口伝(くでん)だけではなく、日常生活や仕事の中にこそ「口頭で伝える意味」が多く潜んでいるのではないか、ということです。

現代は技術的には何でも文章にできますし、動画にも録音にもできます。
それでも、口頭で伝えるというスタイルがなくならないのはなぜなのか。
自分の経験と重ねながら考えてみました。


文章は便利だけれど、大切なところほど抜け落ちてしまうことがある気がする

文章にすることで、情報は整理されて理解しやすくなります。
ただ、文章にした瞬間にどこか“大切なニュアンスが弱くなる”ように感じることがあります。

  • 声や動作の微妙な温度
  • 呼吸の深さ
  • タイミングや“間(ま)”
  • 判断の一瞬の感覚
  • 場の空気や気配

こういうものは、文章で説明しようとすると、どうしても平らになってしまう気がします。

「読めばわかるはずなのに、やってみると違う」というのは、多くの人が一度は経験しているのではないでしょうか。


自分の体験:師匠から教わった“エアーが含まれた音”

トランペットを再開して間もない頃、師匠に「エアーを含んだ音を出すのにはどうしたらいいか」
を訊いたことがあります。

文章にすると、

下の歯に下唇を少し挟むように吹くとエアーが混ざった音が出る

と書けます。
でも、実際にこれまで師匠が吹いていた音と自分が試しに出した音は全く違うものでした。

まだまだ、練習は必要だと思いますが、教則本を読んでもなかなかエアーを含んだ音は出ないのではないかと思いました。

結局のところ、音を身体で浴びて何回も練習して初めてわかるものだと感じました
こうした経験があってから、「文章だけでは伝わらないものが確かにあるな…」と思うようになりました。


技術の継承は“文章+人”でようやく本来の形になるように思う

どんな技術にも、文章で残せる部分と、人を通してしか伝わらない部分があるように思います。

たとえば…

  • 料理人が「今だ」と火を止める感覚
  • 大工が木が“泣く音”で状態を判断する瞬間
  • 茶道で、呼吸で動き出しのタイミングをつかむ
  • 武道で、相手の重心を“気配”で感じる
  • 漆職人が光の反射で仕上がりを見抜く
  • 音楽で、息の入れ方の微妙な変化を身体で覚える

これらは手順だけでは再現しにくく、“人の動作と感覚ごと受け取る”ことでようやく理解が進むのではないかと感じています。

文章は技術の枠組みを残し、口伝(くでん)は技術の“中身”を受け渡す。
この両輪がそろって、技術は本来の形として次に渡るように思うのです。


身体知(しんたいち)という考え方

こうした「身体を通して理解する知恵」は、身体知(しんたいち) と呼ばれることがあります。

身体知とは、頭で考えるより先に、身体が経験によって理解している知恵のこと。

  • 自転車のバランス感覚
  • 料理の火加減
  • リズムや音色の体感
  • 相手の表情から自然に読み取る力

こういうものは文章だけでは身につかず、“経験+身体”の積み重ねで育っていくと感じます。

ちょうどコーチングを学び始めようとしたとき、継続して勉強する意味を桜井一紀コーチに訊いたことがあります。

その時の答えが、自転車に乗る方法は、文章で書けても実際に思い通りに乗りこなすためには、継続して練習しないと自分のものにならないと言われました。

だからこそ、出来る人からの口伝という伝え方は、ただの古い習慣ではなく、身体知を相手に渡すために自然と生まれた方法なのだと思います。


実は、日常の中にも口伝はたくさんある

「口伝」という言葉は少し特別な響きがありますが、よく考えると日常にも普通に存在しています。

  • 子どもに自転車の乗り方を教える
  • 料理の“ここで火を止めるといいよ”
  • 車の運転で「このカーブは少し早めに減速」
  • 楽器で「この息の入り方で」という実演
  • 職場で“このお客様にはこう伝えるとわかりやすいよ”

これらはすべて、文章より“人の動き”のほうが伝わるからこそ、口頭で教えているのだと思います。

技術があろうとなかろうと、人が暮らしたり働いたりするうえで、口伝的な伝え方は今でも必要なものだと感じます。


大切なことは、文章だけでは完結しないと感じる

口伝(くでん)という伝え方は、大切なものを“大切なまま”伝えたいという人の知恵ではないかと最近よく思います。

文章は情報を整理してくれますが、人を通して伝わる“質感・間・呼吸”のようなものは、文章ではどうしても薄くなります。

師匠の音のように、文章にすると消えてしまうけれど、確かに人から受け取ったもの。

そういうものは、誰の人生にも一つはあるのではないでしょうか。

あなたが “文章より、人から直接教わって理解できたこと” は何ですか?
それは今のあなたのどんな感覚や技術に生きていますか?


今日も佳き日に

コーチミツル

#口伝 #技術の継承 #身体知 #学び方 #経験知 #気づきの記録 #人から学ぶ

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