209.朝自活500日を迎えて(習慣が日常に変わるまで)

2025年7月14日、朝自活がちょうど500日目を迎えました。(先ほどチェックしていたのですが、実は計算違いをしていて今日は501日目でした…(苦笑))

アブローラー、懸垂チャレンジ、朝食づくり、畑の手入れ、そしてトランペットの練習。
毎朝、体と心にスイッチを入れるこの時間を、自分のために積み重ねてきました。

SNSへの投稿も、毎日続けてきました。
でも実は今日を機に、その投稿のスタイルを少し変えることに決めました。
この500日という節目に、改めて自分の心の変化と「習慣の力」について綴ってみたいと思います。

365日目に書いたこと

ちょうど365日を迎えたときにこんなブログを書いていました。
▶ 365日坊主を達成しました

「坊主」は三日坊主の坊主です。三日坊主どころか365日坊主!
朝活ではなく、あえて“朝自活”と呼んでいるのは、誰かのためではなく“自分のため”に朝の時間を使っているからです。

この頃は、投稿することがひとつの支えになっていました。
見てくれる人がいる、記録に残っていく――それが背中を押してくれる大きな力でした。


続ける意味を見つめた日々

さらにさかのぼると、325日ごろにこんな記事も書いていました。
▶ 続けるということの意味

続けることのすごさというのは、他人に言われるより、自分の中でじわじわ感じてくるものかもしれません。
「続けよう」と意識しなくてもやることが日常になる。きっとそこに本当の意味があるんだろうなと思います。

今になってこの言葉の意味が、より深く感じられるようになってきました。
500日を超えた今、自分の中で「続けること」が特別なことではなく、「当たり前の朝」になっているのです。


投稿を一旦、控えてみようと思った理由

これまで投稿は、日々の習慣を守るための“外側の仕組み”として、すごく役立ってくれていました。
でも、今は投稿をしなくても、自然と朝が始まるような気がしています(辞めてみないと分からないのですが…笑)

毎回、写真を撮り、動画を編集し、文章を考える――
この一連の作業は、ありがたくも少しずつ自分の朝の余白を確実に圧迫し時間を使います。

それならいっそ、「投稿はお休みしてみる」ことも、次の一歩かもしれない。
そんなふうに思えるようになったのです。


タイムラプスがくれた、もうひとつのご褒美

とはいえ、草刈りや農作業のような地味な作業には、もうひとつ特別な楽しみがあります。
それが、スマホのタイムラプス機能で撮影すること。

無心で動いている自分の姿が早送りで再生されると、
変化もよくわかり「今日もよくやったな」と自分自身を認められる気持ちになります。

これは心理学でも「努力の可視化」と呼ばれ、
行動が“見える形”になることで、自己効力感(自分にもできるという感覚)が高まるとされています。

投稿しない日々が始まっても、このタイムラプスは時々続けたいと思っています。
地味な努力にも、小さなご褒美があると、なんだかうれしいものですね。


習慣は「義務」ではなく「流れ」

500日続けて強く感じたのは、習慣は「やらねばならないもの」ではないということ。
むしろ、やっているうちに自然と「やってしまうもの」になっていく。

習慣の研究でも、66日間同じ行動を繰り返すことで、無意識にできるようになるとされています。
(Lally et al., 2010)

「続けなきゃ」から「気づいたら続いてた」へ。
そんな変化が起きたことを、自分自身が何よりうれしく思います。


最後に、これまで見てくださった皆さんへ

毎朝のSNS投稿を見てくださった方、
何度もいいねやコメントをくださった方、
気にかけてくださったすべての方に、心から感謝しています。

これからは、投稿の頻度は減りますが、朝自活は変わらず続けていきます。
また、節目のときにはこうして言葉にして届けられたらと思っています。

今日も、自分のために静かに始まる朝。
習慣は、自分らしさを形にしてくれる大切な土台だと、あらためて感じています。

皆さんも今日からやってみませんか?

今日も佳き日に

コーチミツル


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