ブログを始めて108回目ということで、大晦日の除夜の鐘の数、
いわゆる煩悩の数と同じになりました。ネタとしては安直でしたが、結構深い内容ですので、読んでみてください。煩悩っていうと何となくではありますが、煩悩≒欲という風に解釈しておりましたが、108回記念として改めてChat GPTで煩悩とは何かを調べてみました。

百八煩悩(ひゃくはちぼんのう)
仏教では煩悩の数を108とし、大晦日に108回鐘をつく「除夜の鐘」もこれに由来しています。百八煩悩は以下のように分類されます。
(1) 六根(ろっこん)
人間が持つ六つの感覚(眼・耳・鼻・舌・身・意)から生じる煩悩。
- 六塵(ろくじん):色(視覚)、声(聴覚)、香(嗅覚)、味(味覚)、触(触覚)、法(思考)によって生じる煩悩。
(2) 三世(さんぜ)
過去・現在・未来にわたる煩悩があるとされ、それぞれの時期に36種ずつの煩悩があるため、36×3=108となる。
具体的な煩悩の例
- 欲望系:金銭欲、食欲、色欲、名誉欲、権力欲
- 感情系:嫉妬、憎しみ、怠惰、執着、不満
- 思考系:慢心、偏見、疑念、迷い、無知
と、以上のような解説がありました。他にも三毒(さんどく)という煩悩もあるようですが、これも入れると頭の中がパニックになりそうでしたので、百八煩悩(ひゃくはちぼんのう)のみの解説としました。なるほど、三世(さんぜ)と言うと漢字からルパン三世しか思いつかない自分がおりましたが、実際の三世(さんぜ)とは、過去、現在、未来の時期に煩悩が36種類あることからそれぞれの時期を3倍して108の煩悩ということが分かりました。
ただ、六根(ろっこん)については、六つの感覚である(眼・耳・鼻・舌・身・意)から生じる六塵(ろくじん)の塵は煩悩とということでしょうか、それって人間の感覚のほとんどが煩悩になってしまうようにも思い、さらに調べてみたところ、以下のことが分かりました。
六 根(ろっこん) | 説 明 | 例 |
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眼(げん) | 目(視覚) | 美しいものや醜いものを見て心が動揺する |
耳(に) | 耳(聴覚) | 噂話や批判を聞いて心が乱れる |
鼻(び) | 鼻(嗅覚) | 香りに執着する(良い香りを求める、悪臭を嫌う) |
舌(ぜつ) | 舌(味覚) | 美味しいものを求めすぎる、好き嫌いで不満を持つ |
身(しん) | 体(触覚) | 快楽を求めたり、不快を避けることで心が乱れる |
意(い) | 心(意識・思考) | 欲望や怒り、妄想にとらわれる |
なるほど、それぞれの感覚による心の乱れや執着が六根(ろっこん)になるということなんですね。なので、自分の感覚で言うと自然にあるものを自然にありのまま感じるようにすればよいということになるのでしょうか。
ちなみに六根清浄(ろっこんしょうじょう)とは?
六根を清らかに保ち、煩悩に振り回されない状態を目指すことを「六根清浄」というそうです。具体的には以下のようなことを心がけることで六根を清らかにすることができるとのことです。
- 眼を清める(眼根清浄):外見や物に執着せず、あるがままに見る。
- 耳を清める(耳根清浄):悪口や噂話に惑わされず、冷静に聞く。
- 鼻を清める(鼻根清浄):香りにとらわれず、感覚に振り回されない。
- 舌を清める(舌根清浄):暴言を避け、正しい言葉を使う。
- 身を清める(身根清浄):快楽や不快を気にせず、落ち着いた行動をとる。
- 意を清める(意根清浄):欲望や怒りを手放し、穏やかに生きる。
六根と言えば、
お遍路(四国八十八ヶ所巡り)さんや修験道(しゅげんどう)や山伏の修行で「六根清浄、六根清浄!」と唱えながら歩かれているのをテレビで見たことがありますが、これは、六根である「余計な欲や執着を手放し、心を落ち着ける」という意味だったんですね。
それにしても、自分は煩悩だらけ、108以上あるかもしれません。(笑)毎日、朝自活で六根清浄と唱えようかなあ。

今日も佳き日に
コーチミツル