前回、心柱について書きました。
自分はこれまで「挑戦」という言葉を大切にしてきました。
そして、それは今も変わりません。
ただ、挑戦そのものが心柱なのかと考えると、少し違うように感じ始めています。
挑戦は大切です。
でも、挑戦を心柱そのものにしてしまうと、休むことができなくなることがあります。
休むことが後退に見える。
立ち止まることが弱さに見える。
何かをしていない自分を、責めてしまう。
でも、疲れた身体を休ませた時、
「今日はできなかった」ではなく、
「今日は整えた」
と思えました。
その時、自分の中で少し見え方が変わりました。
心柱は、頑張るための旗ではない。
挑戦を支える、もっと奥にある願いなのかもしれない。
そう感じたのです。
心柱は、自分を支える中心
ここでいう心柱とは、自分を支える中心のようなものです。
五重塔の真ん中にある心柱のように、
東京スカイツリーの中心にある構造のように、
外側が揺れても、中心で支えてくれるもの。
それは、外に掲げるスローガンというより、
自分の中に静かに立っている軸なのだと思います。
何かに迷った時。
自分を見失いそうになった時。
無理をして頑張りすぎている時。
その中心に戻ることで、
「自分は本当は何を大切にしたいのか」
を思い出す。
自分にとって、今少し見えてきた心柱は、
人の命や可能性が輝くことを願うこと。
この言葉は、今の自分にとって大切な手がかりになっています。
Inner Willは、まだ途中
ただ、心柱が少し見えてきたとしても、自分の中での
Inner Willについては、まだはっきりと言葉になっていません。
Inner Willは、直訳すれば「内なる意志」です。
ただし、自分が今考えているInner Willは、
「これを必ず達成する」
「何が何でもやり抜く」
という力みの強い意志とは少し違います。
もっと静かで、奥にあるものです。
何に心が自然と動くのか。
何を見ると嬉しくなるのか。
どんな瞬間に応援したくなるのか。
どんな時に、自分の奥が温かくなるのか。
そうした日常の小さな反応の奥にある、
自分を内側から静かに動かしているもの。
それが、自分にとってのInner Willに近いのかもしれません。
心柱が、自分を支える中心だとすれば、
Inner Willは、その中心の内側から湧いてくる泉のような・・・、方向性のようなもの。
そんなふうに、今は感じています。
心がふっと動く瞬間
最近、自分の心が自然に動く場面に目を向けるようになりました。
赤ちゃんを見ると嬉しくなる。
庭の木を見ると心が落ち着く。
畑の芽が出ると嬉しくなる。
生花を見ると、そこに命の気配を感じる。
道路で小さな子どもが手を振ってくれた時、
こちらも手を振り返しました。
その時、何とも言えない嬉しさがありました。
大きな出来事ではありません。
誰かから褒められたわけでもありません。
何かの成果が出たわけでもありません。
でも、心がふっと温かくなりました。
こういう小さな反応の中に、
自分のInner Willの手がかりがあるのではないか。
そんな気がしています。
命が立ち上がる瞬間に心が動く
赤ちゃん。
庭の木。
畑の芽。
生花。
手を振る子ども。
一見すると、ばらばらの出来事です。
でも、そこには共通するものがあるように思います。
命がある。
可能性がある。
これから伸びていく感じがある。
そのものらしく存在している感じがある。
自分は、そういうものに心が動くのかもしれません。
完成されたものだけではなく、
まだ途中のもの。
まだ小さなもの。
これから育っていくもの。
そこに、なぜか嬉しさを感じます。
それは、立派な成果を見る嬉しさとは少し違います。
もっと素朴で、もっと静かな喜びです。
命がそこにある。
可能性がそこにある。
これから何かが芽吹いていく。
その気配に、自分の心が反応しているように思います。
まだ名づけられない、内なる願い
今、自分の中にはいくつかの言葉が浮かんでいます。
息吹。
芽吹き。
黎明。
発見の喜び。
本来の自分との再会。
可能性を探求する。
どの言葉も、大切な言葉ではあります。
でも、どれか一つに決め切るには、まだ早いようにも感じています。
Inner Willは、急いで名前をつけるものではないのかもしれません。
名前をつけた瞬間に、分かった気になってしまうことがあります。
でも、本当に大切なものは、名前になる前から自分の中にあるのかもしれません。
言葉にはまだなっていない。
でも、確かに心が動いている。
その感覚を、今は大切にしたいと思っています。
だから、今回のタイトルは、
「まだ名づけられない、内なる願い」
としました。
分からないから価値がないのではありません。
まだ名づけられないからこそ、丁寧に見つめる必要があるのだと思います。

Inner Willは、自分を追い立てる声ではない
以前の自分は、Inner Willというものを、
もっと強い意志のように考えていたところがありました。
これをやり遂げる。
これに挑戦する。
ここを目指す。
もちろん、それも大切です。
でも、今感じているInner Willは、
「もっと頑張れ」
と自分を追い立てる声ではありません。
むしろ、もっと静かなものです。
何に心が自然と動くのか。
どんな瞬間に嬉しくなるのか。
何を見ると、応援したくなるのか。
どんな時に、自分の奥が温かくなるのか。
そういう小さな反応の奥にあるもの。
それが、自分にとってのInner Willに近いのかもしれません。
挑戦も、休むことも、同じ願いにつながっている
こう考えると、挑戦も休むことも、対立するものではなくなります。
人の命や可能性が輝くことを願うから、挑戦する。
自分の可能性も試したいから、新しいことを始める。
誰かの可能性を応援したいから、コーチングをする。
その願いを大切にしたいから、自分を整える。
また動き出せる自分でいるために、休む。
挑戦も、休むことも、
同じ願いにつながっているのかもしれません。
大切なのは、動いているか止まっているかではなく、
その奥にある願いとつながっているかどうか。
そう考えると、少し楽になります。
休んでいる自分も否定しなくていい。
挑戦している自分だけを認めなくてもいい。
自分の奥にある願いに沿っているなら、
動く日も、休む日も、どちらも大切な一日なのだと思います。
答えを急がず、育てていく
心柱もInner Willも、机の上で決めるものではないのかもしれません。
日常の中で見えてくるもの。
小さな反応の中に現れるもの。
ふとした嬉しさの中に宿るもの。
何度も繰り返し心が動くところに、少しずつ見えてくるもの。
だから、今は答えを急がずにいたいと思います。
赤ちゃんを見て嬉しくなる。
畑の芽を見て嬉しくなる。
生花を見て命を感じる。
誰かの可能性が少し開く瞬間に心が動く。
そういう一つ一つの反応を、
見逃さずに拾っていきたいと思います。
Inner Willは、どこか遠くにある特別な答えではなく、
日常の小さな反応に宿っているのかもしれません。
まだ途中だからこそ、大切にしたい
まだ、自分のinner willは現在進行形です。
はっきりと一言で言えるところまでは来ていません。
でも、少しずつ方向は見えてきているように思います。
自分は、人の命や可能性が輝くことを願っている。
そして、その芽吹きや息吹を見つけ、
応援し、探求したいのかもしれません。
まだ名づけられない。
でも、確かに自分の中にある。
そんな内なる願いに、これからも耳を澄ませていきたいと思います。
あなたの心がふっと動く瞬間には、
どんなInner Willの手がかりが隠れているでしょうか。

この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
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