471.その出来事は、まだ途中かもしれない

目の前で起きた出来事を、その場ですぐに「良いこと」「悪いこと」と決めてしまうことはないでしょうか。
うまくいけば嬉しい。
うまくいかなければ落ち込む。
それは自然なことですが、そのたびに心が大きく揺れていたら、まるでジェットコースターのようです。
先日、自分はある駐車場での出来事を通して、
「その出来事は、まだ途中かもしれない」
と思う体験をしました。

広島での経験

先日、広島県へ車で出かけて、ホテルに泊まる機会がありました。

まず向かったのは、ホテルのHPが紹介していた推薦駐車場でした。
ところが、自分の前にいた1台の車が入ったところで、「満車」の表示。

その日はほかにも、少しついていないと思うようなことが重なっていて、家族とも
「今日はついていない日かもしれないね」
そんな話をしていました。

けれど、その直後でした。

先ほど入っていったはずの車が、また駐車場の入口の方へ戻ってきたのです。

空いていることと、停められることは違う

その時に、ふと思いました。

たしかに駐車場としては“あと1台分”空いていたのかもしれません。
でも実際には、そのスペースにどんな車でも停められるとは限らない。
車の大きさや、切り返しのしやすさによっては、空いていても入れないことがある。

自分の車と同じくらい、あるいは少し大きいくらいの車だったので、
「ああ、空いていることと、停められることは同じではないんだな」
そんなことを思いました。

そこで、その駐車場にこだわるのはやめて、次にホテルの駐車場へ向かうことにしました。

ついていないと思った先にあったもの

もちろん、ホテルの駐車場も空いてはいませんでした。
けれど、そこで駐車場の管理人さんと話をすることができ、結果的には、最初に行った場所よりも4分の1ほど安く、しかもホテルにも近い駐車場を案内していただけました。

最初の時点では、
「今日はついていない」
と思っていたことが、終わってみれば、むしろ良い流れにつながっていたのです。

その場で良し悪しを決めない

この出来事から、あらためて思ったことがありました。

それは、何かが起きたその瞬間に、
「これは良いことだ」
「これは悪いことだ」
と決めつけないほうがいいのではないか、ということです。

自分たちは、何かが起きると、ついすぐに意味づけをしたくなります。

うまくいけば喜ぶ。
思い通りにいかなければ落ち込む。

それ自体は自然なことだと思います。
でも、そのたびに大きく気持ちが揺れていたら、心はまるでジェットコースターのようです。

上がって、下がって、また上がる。
それでは、なかなか心は落ち着きません。

大切なのは「何が起きたか」より「どう対応するか」

大切なのは、出来事そのものに振り回されることではなく、
その出来事に対して、自分がどう対応するか、なのかもしれません。

起きたことは、まず“起きた事象”として受け取る。
そこで感情的に結論を急ぐのではなく、少し引いて見て、全体としてどう動くのがよいかを考える。

目の前の一部分だけで判断しない。
ある程度の全体最適を考えながら行動する。

そのほうが、結果として心も安定しやすいし、より良い方向へ進みやすいように思います。

人生は、途中経過では分からない

人生の中には、その時には
「損をした」
「ついていない」
と思えることが、あとになって意味を持つことがあります。

逆に、その場では
「ラッキーだった」
と思っていたことが、あとから見ればそうでもなかった、ということもあるでしょう。

だからこそ、途中経過だけで結論を急がないこと。
これは、心を整えるうえでも大切な姿勢なのだと思います。

今回の駐車場のことも、最初の場面だけ切り取れば「運が悪い出来事」でした。
でも、最後まで見てみると、むしろありがたい流れになっていました。

出来事の意味は、その瞬間にはまだ決まっていない。
そう思うだけでも、気持ちは少し楽になります。

もし人生が、経験値を上げるゲームだとしたら

もし、人生で起きる出来事が、自分を試すためのものだとしたらどうでしょう。

ゲームで言えば、敵が現れたり、思わぬトラブルが起きたりするのは、プレイヤーの経験値を上げるための出来事とも言えます。

そう考えると、何かが起きた時に大切なのは、
「運が悪い」と嘆くことではなく、
「ここで自分はどう動くか」
を考えることなのかもしれません。

すぐに反応するのではなく、少し落ち着いて見る。
目の前の不都合を、人生全体の不幸と決めつけない。

その姿勢が、自分の経験値を上げてくれるのだと思います。

その出来事は、まだ途中かもしれない

良かったのか、悪かったのか。
その答えは、その瞬間には分からないことも多いのでしょう。

もしかしたら、本当の意味でそれが分かるのは、人生の終わりの頃なのかもしれません。

だから今日起きたことも、まだ評価を急がなくていい。
うまくいかなかったように見えることも、まだ物語の途中。

そう思えたら、少しだけ心は穏やかになる気がします。

出来事に一喜一憂しないというのは、冷たくなることではなく、
出来事の続きを信じることなのかもしれません。

今、目の前で起きていることも、
まだ途中。
まだ、その意味は決まっていないのかもしれません。

これまでの関連ブログ

自分のブログを振り返ってみると、今回のテーマにつながる記事はこれまでもいくつか書いていました。

「14.過去も未来も変えられる???」
起きた出来事そのものよりも、それをどう受け止めるかによって意味が変わっていく、という視点の記事です。今回の「その場で良し悪しを決めない」という話に近いものがあります。

「95.試されている?」
問題や課題が起きたときに、それをどう捉え、どう判断するかを考えた記事です。今回の「人生が経験値を上げるゲームだとしたら」という感覚にもつながっています。

「441.ご機嫌でいなければいけないのか(ニュートラルという自分への優しさ)」
感情の波に飲まれず、無理に“ご機嫌”でいようとするのでもなく、ニュートラルでいることの大切さを書いた記事です。今回の「一喜一憂しすぎない」というテーマと重なる部分があります。

こうして振り返ってみると、自分はこれまでも一貫して、
起きた出来事そのものよりも、それにどう向き合うか
ということを大切にしてきたのだと思います。

今回の記事は、その延長線上にありながら、実際の体験を通して
“途中で結論を出さない”
ということを、より具体的に感じた出来事でした。

あなたには、あとになって
「あの時は困ったけれど、結果的には良かった」
と思えた出来事はありますか?

この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・

今日も佳き日に コーチミツル

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