先日もでしたが、家族と話をしているとき、スマホでメッセージを見たり、SNSを確認したりしていて、
「聞いてる?」
と言われることがあります。
自分では聞いているつもりでも、実際には空返事になっていることもあります。
そんなときに思うのが、
「心ここにあらず」
という言葉です。
身体はここにいる。
でも、心はここにいない。
最近は、メッセージやSNSだけではありません。
何か気になることがあれば検索しますし、AIとやり取りをしているうちに、気がつけばかなり時間が経っていることもあります。
もちろん、スマホもSNSもAIも便利ですし、自分もずいぶん助けられています。
ただ、昔よりも「今ここ」から心が離れやすい環境になったのかもしれません。
「心ここにあらず」は昔からあった
携帯電話もスマホもなかった時代にも、
仕事の心配。
家族のこと。
明日の予定。
昔の失敗。
そんなことを考えて、目の前のことに集中できないことはあったはずです。
「心ここにあらず」という言葉が昔からあること自体、その証拠なのかもしれません。
ただ、今は心がどこかにってしまいそうな誘惑が、とにかく多い。
そこで、あらためて考えました。
なぜ、「今ここ」に心があることが大切なのだろうかと。

自分の人生を、ちゃんと経験しているだろうか
以前、曹洞宗の永平寺の修行についてブログを書きました。
そこでは、「食べるときは食べる」「掃除するときは掃除する」というように、今やっていることに集中することについて考えました。
今回は、そこから少し先のことです。
人生が、さまざまなことを経験するためのものだとするなら、
心がその場にないことで、本来経験できたものを取りこぼしてしまうこともあるのではないか。
そんなことを思います。
「きれい」と感じる前に、スマホを出していないか
美しい夕陽に出会ったとき、
「きれいだな」
と感じるより先に、スマホを取り出していることがあります。
「写真を撮ろう」
「SNSに載せよう」
自分もよくやっています。
もちろん、写真を撮ることが悪いわけではありません。
ただ、
自分は本当に、その夕陽を見ていただろうか。
と思うことがあります。
夕陽を見たときには、「きれい」という言葉だけではなく、何か大きな力のようなものを感じることもあります。
空の色。
風。
匂い。
周囲の音。
そして、そのとき自分の中で起きている感覚。
そうしたものは、カメラの画面には全部は残りません。
写真は残っても、
自分自身は、その夕陽をどれだけ経験したのだろう。
そんなことを考えます。
今でも忘れられない、広島の雪
家族の悩みを抱えていたころの、広島の真冬のことでした。
雪が舞い落ちる、とても寒い日でした。
そのとき、人の温かな思いやりに触れる出来事がありました。
不思議なことに、その瞬間は寒さをほとんど感じませんでした。
心が温かくなって、ふと空を見上げると、雪が静かに舞っていました。
そのときに見た空や雪の感覚を、今でも覚えています。
思い返してみると、ただ雪を見たからではなかったのだと思います。
人の優しさを感じたこと。
心が温かくなったこと。
冬の空気。
舞い落ちる雪。
そうしたものが一つになって、自分の中に残った。
だからこそ、今でも忘れないのかもしれません。
思い出に残るのは、心がそこにあった時間
自分の人生を振り返ると、
強く思い出に残っていることは、そのとき心がしっかりそこにあった場面が多いように思います。
嬉しかった。
悲しかった。
ありがたかった。
感動した。
そうした感情と一緒に、景色や音や匂いまで残っていることがあります。
もしかすると、
思い出に残るのは、出来事が特別だったからだけではなく、
自分がその場にちゃんといたからなのかもしれません。
五感は「今ここ」へ戻る入口
では、どうすれば心を今ここに置くことができるのか。
正直、自分にもよく分かりません。
心はすぐにどこかへ行ってしまいます。
ただ、
目の前の人の表情を見る。
声を聞く。
風を感じる。
匂いを感じる。
食べ物を味わう。
そんなふうに五感を使うことで、少しだけ今ここに戻れる気がします。
五感を使うこと自体が目的なのではなく、
どこかへ行った心を連れ戻す入口になる。
そんな感じです。
AIが身近になった今だからこそ
最近は、自分もAIと話す時間が増えました。
AIはさまざまなことを教えてくれますし、考えを整理する手助けもしてくれます。
でも、
知ることと、経験することは別です。
雪についていくら詳しく知っても、
その場に立ったときの冷たさや、空気や、自分の心の動きまでは経験できません。
初めて雪を見た子供が、最初は、はしゃいでいたのに手先が冷たすぎて泣いてしまう・・・。
SNSの美しい映像を見ることもできます。
でも、それは誰かの経験です。
自分の人生として残るものは、
やはり、自分がその場で見て、聞いて、感じたことなのかもしれません。
自分の人生を、自分で経験する
スマホもSNSもAIも、これからも使っていくと思います。
だから、手放すつもりはありません。
ただ、
人と話しているとき。
美しい景色を見たとき。
おいしいものを食べたとき。
誰かの優しさに触れたとき。
そんな時間だけでも、一度スマホを置いてみる。
写真を撮る前に、まず自分の目で見る。
そして、
見る。
聞く。
感じる。
味わう。
人生が、さまざまなことを経験するためにあるのだとしたら、
「心ここにあらず」の時間は、
自分の人生として受け取れたはずのものを、少し取りこぼしている時間なのかもしれません。
もちろん、自分も簡単にはできません。
それでも、
「あ、今ここにいなかったな」
と気づいたら、また戻ってくる。
それでいいのかもしれません。
自分の人生を、
画面越しだけではなく、
自分自身で経験する。
そんな時間を、少しずつ増やしてみたいと思います。
あなたの心は、
今、どこにありますか。
この言葉が、必要な人に、必要な時に、届きますように・・・
今日も佳き日に
コーチミツル
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